4st

「戦う女神様」

「………ったく」

 部活を終えた帰り道。繁華街の端を歩いていた真希は、数人の他校生に囲まれながら、路地裏へと連れていかれる櫻花学園の男子生徒を見かけた。
 遠目ではっきりとは確認できなかったが、胸の校章の色は1年生を表していたように見えた。
 近隣の公立高校の中にはガラの悪い学校もあり、有名私立の櫻花学園の生徒は目を付けられやすかった。
 そんな状況を見過す事のできる真希ではない。
 歩く速度を早めて、男子生徒が連れ込まれた路地裏へと急いだ。


「持ってる金を全部出せばいいんだよ!」

 表通りのネオンが反射して光るバタフライナイフを顔の辺りでチラつかせ、髪を金色に染めた男が櫻花学園の男子生徒に迫っている。
 怯えた様子で震えながら、男子生徒は慌てて鞄の中を手探りに探す。

「早くしやがれっ!」

 男の手にあったナイフが、男子生徒の頬に軽く触れる。

「ヒッ……!!」

 驚いた男子生徒は手にしていた鞄を落とし、そのままその場に膝から崩れ落ちた。

「チッ…情けねぇ野郎だぜ…オラ!立てよ!」

 苛立った男は足元で震えている男子生徒の髪を掴み、乱暴に引っ張りあげた。
 男子生徒は声にならない叫びを漏らし、涙を流しながら弱々しく立ちあがった。
 周りを取り囲んでいた男達は、その様子を下卑た笑みを零しながら眺めている。

「面倒くせぇ。ボコっちまって、金持って行こうぜ」

 周囲の男の一人が笑いながら言う。その言葉に、男子生徒の顔に浮かんでいた恐怖の色が濃くなる。
 まるで男の言葉を合図にしたかのように、周囲の男達はジリジリと男子生徒へと近づき、それぞれに隠し持っていた凶器を手にする。


「そこまでにしときなよ」

 不意に表通りの方向から制止する声があった。
 声の正体は明かに女。男達は驚く様子でもなく、揃って声の方へと振り向いた。
 そこには路地の隅に荷物を置き、繁華街のネオンを逆光にして仁王立ちになった真希の姿があった。

「何でぇ…この女」
「このガキの女じゃねぇの?」

 現れた真希に対する反応を口々に漏らしながら、男達は男子生徒を置き去りにして真希の方へと近づき始めた。
 男子生徒は何が起こったのか解らないといった表情で、呆然とそれを眺めている。

「さ、行きなよ少年」

 そう言いながら、真希は男子生徒に向かって片目を閉じて見せる。
 流石に自分の身代わりを置いて逃げるのは申し訳無く思ったのだろう。戸惑った表情を見せる男子生徒。

「そうだな。お前の代わりはこの女にしてもらうから、とっとと消えちまえよ」

 男の一人が振り返り、男子生徒へと笑う。

「どこの馬鹿女かと思ったがよ。近くで見りゃけっこうイケてるしな」

 すっかり真希の周囲を取り囲み、中には手を伸ばして真希に触れている者まで居る。
 男達の頭の中は「真希をどう楽しむか」、それしかなかった。既に男子生徒への興味は失せている。
 そしてもう一度、真希が男子生徒へと微笑んで見せた。

「ご………ごめんなさいっ!!」

 その真希の表情に、男子生徒は叫びながら真希達の傍らを表通りへと駆け抜けて行く。
 そして男の一人が真希の肩を抱き、路地裏の奥へと歩き出した。

「楽しませてやるからよ」



 表通りの明りも届かない路地裏の奥。下卑た笑みを浮かべる男達に真希は取り囲まれていた。

「こんだけの人数を相手にしてたら、朝になっちまうぜぇ」

 背後に立っていた男が近づき、後ろから手を廻して真希の豊かな乳房を制服の上から揉み始める。
 そして前に立っていた男がしゃがみ込み、制服のスカートへと手を伸ばした。

「さぁ、まずはご開帳といこうかねぇ……」

 その瞬間、しゃがみ込んだ男の顔が勢い良く上を向く。

「ゴヘェッ!!」

 真希の膝が思いきり男の顎を蹴り上げたのだ。続いて背後の男の鳩尾へと肘が鋭く突き刺さる。

「ガハァッ!!」

 一瞬にして二人の男がその場に崩れ落ちた。
 何が起こったのか解らず、呆然とする周囲の男達。

「……お前達みたいな奴には…お仕置してあげないとね」

 涼しげにそう言いながら、真希はゆっくりと拳を握り締めた。
 真希の言葉で我に返った男達は、手に手に凶器を握り締め、口々に怒りの言葉を叫びながら真希へと襲いかかった。


 薄暗い路地裏に、打撃音と男達の叫び声が木霊する。
 まるで舞うように拳と蹴りを繰り出して、真希は指一本男達に触れさせる事無く、ほんの数分の間に残りの男達を叩きのめしてしまった。
 10数人いた男達の全てが、苦悶の呻き声を漏らしながら路地裏に倒れている。

「今度うちの生徒に手を出したら…本気で叩き潰すからね」

 今後の事を考えて精一杯凄みを利かせたつもりだったが、生まれ持った鈴の音のような声音までは帰られなかった。
 しかしそれが逆に、男達に恐怖心を植え付ける結果となる。
 見かけも可愛らしく声も可愛らしい。そんな少女が恐ろしく強いのである。
 男達は這いつくばりながら、ただ真希が立ち去ってくれる事だけを祈っていた。

「……ふんっ」

 男達を一瞥し、真希は悠々とその場から歩きだす。
 男達にとっての悪夢が、ようやく立ち去っていった。


「あ…あの……」

 表通りへとやって来て、置いてあった鞄に手にした真希に声をかけたのは、逃げたはずの男子生徒だった。
 逃げたはいいが、真希の事が心配になって戻ってきたのであろう。
 改めて見れば確かに櫻花学園の1年生のようである。

「怪我は無い?」
「は、はいっ」

 よく見れば愛らしい顔立ちをした男子生徒は、頬を微かに上気させながら力一杯に返事をする。
 その姿が無性に可愛らしく思え、思わず真希の頬が緩んでくる。

「何かあったら、いつでもお姉さんに言ってくるんだゾ」

 微笑みながら男子生徒の頭をクシャクシャっと撫で、真希は家路へと歩き出した。
 真希の立ち去った方向をいつまでも眺めていた男子生徒は、ふと我に返って名前を聞くのを忘れていた事に気付いた。

「……ま、いいか…同じ学校だし、また会えるよね」

 その言葉が予言のように現実となるのは、ほんの数日後の事である。


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