不意に呟いた縁の言葉。
 その言葉が新たな展開を生み、物語は流れていく…

 

薫-再会-

第四話

「どうして……」
 再び、そう口にして縁の背中を見つめる薫。
 しかし縁はそれ以上何も語らず、黙って身支度を整え続ける。
「……………」
 全てを身に着け終えた縁は、再び薫へと向き直り見下ろす。
 その瞳はどこか寂しげに光りながら、薫の姿を見つめ続けた。
 二人の視線がそれぞれの想いを含んで絡み合い、二人の間の空気が密度を増していく。
 しかし、それを打ち破る声が響いた。
「ただいま…」
 玄関からの剣心の声。
 慌てる薫をよそに、縁は一言呟いて庭先へと消えた。
「また来ル…」

「どうしたでござる…?」
 着衣の乱れた薫を前に、怪訝そうに首を傾げる剣心。
「ちょ、ちょっと着替えを…」
「そうでござるか…」
 納得したのか、していないのか。剣心は特に気にした様子も見せず、薫を残して部屋を出て行った。
 その後姿を見つめながら安堵の溜息を漏らす薫。
 と同時に、先程のまでの剣心を裏切るような情事に胸を痛めるのだった。


 食事を終え、縁側に座って庭先を見つめる剣心。
 その、どこか寂しげな背中を見る度に、薫の胸が良心で痛む。
(私は……剣心を裏切っているんだ……)
 全てを打ち明けて許しを乞いたい。そんな衝動に駆られるが、それは出来ようはずも無かった。
 けして無理やりに抱かれた訳では無い。
 逃げる隙も有ったし、本気で抵抗すれば縁も引き下がっただろう。
 薫は自らの意思で縁を受け入れたのだ。
(駄目だよね……許してなんて言えないよね……)
 剣心を裏切ってしまった事に対する辛さ、それは改めて自分が剣心を愛しているのだと自覚させる。
 しかし、自分はその相手を裏切る行為をしてしまった。
 だが、それでも縁を受け入れた事を後悔している訳ではない。
 縁の真っ直ぐな情熱を受け止める事が嬉しかったし、抱かれて歓びを感じた。それもまた自分なのだ。
(私は…本当は誰を愛してるの……)
 剣心に対する想い、縁に対する想い。
 比べられようもない二つの想いを胸に抱え、薫の心を掻き毟る。

「薫殿…」
 そんな薫を察したかのように、剣心が背中を向けたまま声をかけた。
 その沈んだ声音に薫の身体が震える。
「縁の元へ…………行っても構わないでござるよ…」
 薫の顔から一瞬にして血の気が消え失せる。
 膝が震え、手にしていた湯飲みは畳の上へと落下していった。
「薫殿が……それを望むなら……」
 そう呟くように言う剣心の背中も、薫と同じように震えているかのようだった。
 二人の間を沈黙が壁となって遮る。
 このまま沈黙が続けば全て終わる。そう感じる薫。
(嫌………)
 本気で言っているとは思いたくなかった。本心だとは思いたくなかった。
 震える足で剣心へと近づき、その背中に触れようと手を伸ばすが、剣心の背中はそれを拒んでいるように感じられた。
 背中に触れる直前で薫の手が止まる。
 一旦は手を引き戻し、再び意を決して手を伸ばすが…触れられない。
 二人の間にできてしまった壁。それは自分が作り出してしまった物。
 泣いて縋れば剣心は受け入れてくれるかもしれない。しかし、それを拒絶されたら…。そう思うと最後の一歩が踏み出せない。



 剣心の背中に手を伸ばしては戻す薫。
 どれ程の時が流れただろうか。
 その手の動きも止まり、二人の間を静寂が包み込む。先に動いたのは薫だった。
 縁に抱かれたという事実が負い目となったのだろうか、薫は最後の一歩を踏み出せないまま、剣心の背中に深く頭を下げた。

『さようなら』

 そう呟いた声が、剣心の耳に冷たく残った。

 簡単に身支度を整え、部屋を後にする薫。
 残された剣心は縁側を見つめたまま、その肩を更に深く落とす。
 その両の眼からは、久しく流していなかった涙が零れ落ちていた。

<続く>

 


ヤバイっすーっ^^;
何だかヤバイ方向へと進んでるっす(爆)
これも…何となく縁薫の雰囲気が気に入ってしまったせいか…。
剣薫派の方々よゴメン。
次回、再び縁と絡むかもしれませぬ(爆死)