薫-再会-

第一話

 祝言の日取りも決り、知人・友人達へも招待の手紙も送り終え、その日までの毎日を二人は慌しく過ごしていた。
 冬の寒さも日毎に穏やかになり、その日も暖かな陽射しが二人を照らしていた。
「じゃあ、行ってくるでござるよ」
「うん。気をつけてね」
 昼過ぎ、薫の代わりに弥彦を伴って出稽古に向かう剣心を送りだし、食事の後片付けをしながら薫は一息つく。
 庭先に挿し込む陽射しを眺めながら、間近に迫った祝言へと思いを寄せる。
(とうとう……結婚するんだ……)
 剣心と出会ってからの日々を思い起こしながら、薫は今の幸せを噛み締める。
「あっという間だったなぁ……」
 今までの記憶が走馬灯のように頭の中を駆け巡り、出会った人達の顔が思い起こされた。
(操ちゃん達も来てくれるみたいだし……久し振りに賑やかになるわね)
 特に印象的な操の笑顔と、対照的な蒼紫の無表情な顔が浮かび、思わず薫は笑みを漏らした。
「あの二人も、少しは…進展したのかな?」
 そう呟きながらも、たぶん進展していないのだろうと結論付ける薫だった。



「じゃあ、今日はこれくらいにしておきましょうか」
 出稽古先の師範に言われ、弥彦は汗を拭きながら剣心の方を振り返った。
 剣心は漫然と道場を眺めており、何やら思案気な様子である。
(?)
 今更、薫との祝言について悩んでいるとは思えず、弥彦は剣心が何を考えているのか解らずに首を捻った。
(ま……俺が考えても仕方ないか)
 弥彦は後片付けを手伝いながら、これから暫くは赤ベコで食事を取る事にし、二人っきりの時間を増やしてやろうと決めた。
 剣心が何を悩んでいるのか解らなかったが、解決できるのは薫だけだろうと思ったのだ。
 
 弥彦が思い至らなかったのも仕方が無い、剣心が考えていたのは、祝言の招待の手紙の返事に関してであった。
 居場所が解らず、翁に頼んで探し出してもらったのだが、剣心と薫は縁にも手紙を送っている。
 しかしその返事は今だ来ず、その事が剣心の心に圧し掛かっていたのだ。
(縁……………)
 今だ自分を許せずにいるのかと思うと、明るいはずの未来が暗く霞んでしまう。
(全ての人達に祝福されたいと言うのは……傲慢なのだろうか……)
 剣心としては、もう縁とは何の蟠り(わだかまり)も無いのだが、そえが縁も同じとは決して言えない。
 憂鬱そうな表情で悩んでいる剣心に、弥彦が片づけが終わった事を告げる。
「あ、ああ……。では帰るとするか……」
「……(剣心……)」
 道場主に挨拶し、二人は道場を後にした。



 その頃、薫は両親の墓前へと足を運んでいた。
 花を添えて手を合わせながら、薫は両親に祝言の準備が順調に進んでいる事を告げた。
 そんな薫の耳に足音が届く。
「?」
 顔を上げて振り返った視線の先には、最後に見た時と変わらない姿の…縁がいた。
「縁!?」
「久しぶりだな……元気だったか……」
 以外な人物の来訪に、薫は凍り付いたように固まってしまう。
 縁は固まっている薫を無視するかのように、薫の両親の墓前に花を添えて手を合わせる。
(どうして……縁……)
 一度は身体を交わしたし、縁の自分に対する想いも知っている。
 薫は祝言の連絡の手紙が、ひょっとしたら縁の精神を刺激したのではないかと思ってしまう。
 祝言前に縁がやって来た事の理由を思いめぐらす薫。
 しかし縁は墓前から立ち上がると、薫に背を向けて歩き出す。
「え、縁…!」
「後で…また会おう…」
 そう背中越しに告げて、縁は薫の前から去っていった。
「縁………」
 一人残された薫の胸には、ざわめくような不安が渦巻いていた…

<続く>