紅く紅く、そして丸い月。
見上げた夜空の雲間から、嘲るように、見守るように、見つめ続ける紅い月。
その紅は燃え盛る炎の紅か、それとも両手に染み付いた血の色か。
紅月狂歌
振るった凶刃で汚れた両手。
その両の手で、あれを抱く資格が俺にはあるのか。
否。
俺の中の誰かがそう答える。
しかし、俺はあれを抱く。
例え全ての者に罵られようと、死して煉獄の炎に身を焼かれようとも。
この身が欲するがままに、俺はあれを抱く。
『貴方の身勝手で、あの子にもその罪を背負わせるのですか?』
問いかけた声の主を確かめるため、見上げた月から視線を落とす。
萌黄の着物の若い…娘。
俺はこの娘を知っている。いや、忘れられずにいる。
自らの手にかけたこの娘を。
「罪?」
俺の言葉に、娘はさも可笑しそうに表情を崩す。
何が可笑しいというのだ。
終いには娘は声をたてて笑いだす。
『フフフフ…お忘れになったのですか?』
「何を?」
『貴方のお手にかかった者達を』
「忘れたな」
『誠に?、その両の手は血の色に染まったままですのに…』
言われて開いた俺の両の掌は、娘の言う通りに真紅に染まっている。
だが、それがどうしたと言うのだ。
例えこの身の全てが血に染まろうとも、あれは俺を受け入れるだろう。
その小さな両手で俺を抱くだろう。
『そう。あの子は貴方の罪の深さを知っているから。その罪を和らげようと、貴方の罪も抱こうとするでしょう』
「………」
『それで、あの子が幸せになれるとでも?』
「…………」
『貴方は、あの子が貴方の罪を共に背負ってくれるから、貴方の罪を和らげてくれるから欲しているのでしょう?』
「下らんな」
あれが幸せになれるかどうか、そんな事には興味は無い。
俺があれを、あれとの絆を欲しているから、それだけが理由。
別にあれを幸せにするために傍に居る訳ではない。
『それ程までに愛しておられるのですか?』
愛?、そんな言葉に何の意味がある?
俺はあれの存在の全てを手に入れたい、その全てを欲しているだけだ。
『相変わらず…強情なお方ですわね』
「…」
『でも、これだけは聞いておいて下さいな』
「何を?」
『それでもあの子は貴方を、貴方の全てを愛しているのですよ。その心だけは受け止めてあげて下さいな』
あれの心……。
受け止める……俺が?
「………そうだな。それくらいは…してもいいか」
くすり、と娘は笑う。
そして娘は闇の中へと消えて行く。
『…早く…』
最後に娘が発した言葉は聞き取れなかった。
だが、俺には解っている。
そして、それが今の俺には不可能な事である事も。
「御頭。準備が出来ましたぜ」
膝を付いて報告する般若を一瞥し、俺は懐に入れた一通の手紙へと手を伸ばす。
拙い字で書かれたその手紙の内容は、見るまでもなく覚えている。
『蒼紫様』
そう始まる手紙の文面を思い出しながら、俺は俺を現実に繋ぎとめている言葉を口の中で呟く。
「(操…………)」
「御頭……?」
「聞こえている。……行くぞ」
「…はい」
そして俺は、またこの両の手を汚しに行くのだ…
そんな俺の背中を、紅い月が眺めていた。
終
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