燕-高鳴る鼓動-
連載終了後の弥彦と燕 ※既に弥彦は左之助の長屋へと移り住んでおります。 ----- 1 ----- 傍らを歩く弥彦の顔を、燕が見上げるようにして見つめている。 「・・・・・どうした?」 「あ、な、何でもないよ」 その視線に気付いた弥彦に、燕は慌てて手を振って応える。 (すっかり・・・身長は差がついちゃったね) 子供の頃は大差なかった身長も、すでに弥彦の顔が頭一つほど高いところにあった。 体つきも逞しさを増し、剣の腕も日毎に上達しているようだ。 それに比べて自分は成長しているのかと、燕は少し不安になるのだった・・・ 「着いたぜ」 「え?、あっ!・・・ありがとう」 燕は妙に使いを頼まれたのだが、その場所は裏通りに面した物騒な地域で、気を利かせた妙が弥彦にお供を頼んだのだった。 「すぐに終るから、待っててね」 「おう」 気のない返事をしながら、弥彦は一応周りを覗う。 (・・・・・別に問題ねぇな) 程無く、ぼーっと外で待っていた弥彦の前に、用件を済ませた燕が小走りに帰って来た。 「お待たせ」 「ンじゃ・・・帰るか」 「・・・うん」 ----- 2 ----- 帰り道、来たときと同じように、弥彦の横顔を眺めながら歩く燕。 当然の事ながら、前を見ずに歩くのは危険だ。 「きゃっ・・!」 道端の石に躓いて、燕は態勢を崩して転びそうになる。 だが燕が地面に倒れる前に、弥彦の腕がその身体を支えていた。 「・・・ったく」 「あ・・・・弥彦君・・・」 不意にその逞しさを増した腕に抱かれ、礼を言う前に赤面して固まってしまう。 鼓動は早鐘のように高まっていく。 「気をつけて歩けよ、まったく世話のやける・・・」 「ご、ごめんね・・・」 弥彦の腕から離れても、燕の鼓動は激しく鳴っている。 (どうしちゃったんだろ・・・・私) 赤べこまで帰る間、恥かしくて燕は弥彦の顔を見ることができなかった。 ----- 3 ----- 赤べこまで送ってくれた弥彦と別れ、妙に使いの報告を終えると、燕は店の前を掃除し始めた。 ぼーっとしながら店の前を掃いていると、不意に背後から声をかけられる。 「ぼーっとしてると危ないぞ」 驚いて慌てて振り返ろうとした燕は、案の定足元を狂わせてふらつき、声をかけた相手へと倒れこんでしまった。 「きゃっ・・・・」 「言わんこっちゃない・・・ほら」 優しく抱きとめられ、その相手の顔を見た瞬間、燕は更に驚いた。 「津南さん・・・・!」 「大丈夫か?」 慌てて津南の腕から離れると、丁寧過ぎるほどに礼を述べ、顔を真っ赤にしながら店の裏へと逃げるように走って行った。 「何なんだ・・・いったい」 呆れた顔で呟く津南だった。 ----- 4 ----- (本当にどうしちゃったんだろう・・・私) 弥彦に抱きとめられた時と同じく、津南に抱きとめられた時も、激しく胸が高鳴ってしまったのだ。 今まで意識していなかっただけに、これから二人の顔をまともに見れそうになかった。 川原で一人ぼんやりと川面を眺めながら、自分がどうしてしまったのかと悩む。 (弥彦ちゃんの事は好きだけど・・・津南さんの事も・・・好きなのかな・・・私?) 弥彦とは年齢が近いが、津南とは離れている、自分と二人を想像の中で並べてみて、津南とは違和感があるように感じた。 (私がもっと大人だったら・・・津南さんとも似合うのかな?) ふと、そんな事を思った自分に気付き、燕は顔を真っ赤にして俯いてしまった。 (やだ・・・私ったら・・・) 同時に、二人が自分に対して好意を持っているとは限らない事にも気付き、少し寂しくなってしまう。 「はぁ・・・・大人・・・かぁ・・・」 「どうしたでござる?」 燕の溜息に重なるようにして、背後から剣心が声をかけた。 使いの途中だったらしく、手には野菜を抱えている。 「あ・・・・・・剣心さん・・・・」 「何か悩み事でござるかな?」 燕の横に腰を降ろし、優しい笑顔で尋ねる剣心。 その笑顔に引き込まれるように、燕は少しずつ自分の胸のうちを明かした。 ----- 5 ----- 「・・・だから、私が好きになっても・・・きっと迷惑だと思うんです」 弥彦への恋慕の感情と、津南への憧れ・・・ その二つの感情に悩むと同時に、まだ幼い自分が二人には似合わないのではないかと、燕は剣心に打ち明けた。 「そんな事は無いでござるよ・・・・」 「でも・・・」 剣心は燕から視線を外し、日が傾き始めた空を見上げながら、ゆっくりと自分の考えを語る。 「好きになったら・・・照れたり、遠慮したりする必要は無いでござるよ・・・」 それは過去の自分へ対する言葉でもあるかのようだった。 「本当に好きになったのなら、その言葉は必ず・・・相手に伝わるでござるから、素直になって打ち明けるのが良いと思う・・・」 「・・・」 燕は真剣に剣心の言葉に耳を傾け、その言葉の意味をしっかりと理解しようとする。 「綺麗に飾った言葉でなくとも、真剣な想いから生まれた言葉は・・・・相手の耳ではなく」 トントンと、剣心は自分の左胸を叩きながら、再び燕へと視線を戻し、一層優しく微笑んだ。 「ここに届くでござるよ」 「でも・・・私、弥彦ちゃんと津南さん・・・どっちが好きなんでしょうか・・・・・」 「それは・・・」 少し考えた後、剣心は不意をついて燕を抱しめた。 「け、剣心さんっ・・・・!?」 「どうでござる?、胸は高鳴ってるでござるかな?」 「は・・・はい・・・」 真っ赤になって俯きながら、燕は小さく頷いた。 優しく抱しめていた両手を解くと、剣心は燕を安心させるように説明する。 「それは、燕殿が・・・慣れていないだけでござるよ」 「え・・・?」 剣心は、幼い燕は異性の腕の中に抱かれるという状況に慣れておらず、例え好きではない相手でも、胸が高鳴ってしまうのだと説明した。 「本当に好きな相手なら、隣に座っているだけでも・・・胸が高鳴るものでござるよ」 剣心の言葉をゆっくりと噛み締める燕。 「あまり深く考える必要は無いでござる。とにかく・・・素直になるのが一番」 ポンと軽く燕の頭を叩いて立ち上がり、剣心は笑顔を残して立ち去った。 その後姿を眺めながら、燕は一つの事を思い浮かべている。 (弥彦ちゃんの隣にいると・・・ドキドキする事があるよね・・・) 自分の気持ちに気が付くと、不思議なほど心の中が晴れていくのが解る。 (私、やっぱり弥彦ちゃんの事が好きなんだ・・・) 勢い良く立ちあがった燕は、弥彦を探して走り出していた。 ----- 6 ----- 弥彦の住む長屋の前に立ち、胸に手を置いて落ちつかせている燕。 「すぅ・・・・・はぁ・・・・・・」 一度深呼吸をした後、意を決して声をかけた。 「弥彦君・・・居る?」 <終わり> |
(1999年の)クリスマス用に公開していたやつです。