「同級生」 桜木 舞

---螺鈿細工の月---

同級生より。

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1. 悪夢の来訪
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 あっという間の事だった。
 世間に吹き荒れる不景気の嵐の例に漏れず、舞の父親の会社である桜木商事もまた、不況の波に曝されていた。
「お父さん…」
 経営する遊園地の集客減に始まった数々の業績不振。そして、それに伴う借り入れ金の減額。
 全てが悪い方へ悪い方へと進む。
 一度狂った歯車は、舞の父親がどれほど努力しても、持ち直す事は出来なかった。
 会社の業績悪化に比例するかのように、増えていく父親の酒量。
 次第に会社にすら出社する事もしなくなり、昼間から酒浸りの日々が始まる…

 そして、その日はやってきた。

『桜木商事倒産』
 地元紙の経済欄に踊る文字に、舞は今までの生活に終わりが来た事を知った。

 その日から、桜木家の周りを債権者達が取り囲むようになった。
「親父は居るんだろ?呼んでこいよっ!」
 そんな債権者達の罵声を浴びながら、視線を落として登校していく舞。
 学校に行っても、今までのような平穏な学校生活は待っていなかった。
 舞を嫉んでいた者達の嘲りの視線と、同じ位不快な同情の視線。
(大丈夫…私は私。周りが変わっても…私は変わらない…)
 嘲りの視線を軽く避け、同情の言葉を明るい笑顔で受け止め、舞は今までと変わらない自分を演じ続けた。
 しかし、それも…あの男がやってくるまでの事だった…

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2. 笛を吹く者
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「舞お嬢様…」
 下校途中の舞に、そう言って声をかけてきたのは、細身で目つきの鋭いスーツ姿の男。
 舞はその男に見覚えがある。黒川哲哉という、数年前まで桜木家に使えていた男だった。

 黒川は東大卒のエリートで、舞の専属家庭教師兼、舞の父親のブレーンを勤めていた男だった。
 しかし、中学1年生の舞に悪戯をしようとしている所を執事に見つかり、桜木家を追われた。
 舞は今でもあの時の恐怖を覚えている。
 隣に座って勉強をみていた黒川が、突如、舞を力ずくで床に押し倒したのだ。
 舞の悲鳴を聞きつけて飛んできた執事によって事無きを得たが、中学生の舞の心に刻まれた傷は計り知れない。
 それ以来、舞は無意識のうちに男性を避けるような癖がついてしまい、それは高校に入るまで消えなかった。

「あ、貴方は……!!」
「お久しぶりです。覚えていて下さって…嬉しいですよ」
 スーツ姿の黒川は、口元に下卑た笑みを浮かべながら舞に近づく。
 反射的に後ろに下がりながら、舞は鞄を胸に身構える。
「フフフ…今日は何もしませんよ。お話があるんです。舞お嬢様と…お父様にね…」
「い、今更何を……そ、そこを退いてっ…!」
 怯えた目で身構える舞の言葉を無視して黒川は続ける。
 その表情は怪しい笑みに包まれ、言葉使いは丁寧だったが、態度は不遜極まりないものだった。
 そして黒川が次に発した言葉は、舞の体を硬直させるのに十分な力を持っていた。
「全ての債権を…私が買い取りました」
「!!」
 手に抱えていた鞄が音を立てて地面に落ちる。
 それを拾い上げながら、黒川は更に舞に近づいて行く。
「私を…お父様に合わせてもらえますね?」
 目の前にいる男が舞の…、いや桜木家の未来を握っていると言っても良い。
 今の舞には頷く以外になかった。
 同時に、舞の心をドス黒い不安感が包み込んでいった…

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3. 取引
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「き、貴様……黒川っ!!」
 応接室に通された黒川を見た途端、酒臭い息と共に舞の父親は音を立てて立ち上がった。
「黒川さん…と呼んでもらえませんかね。今は私が…全ての債権を握っているのですよ」
「な、何っ…!?」
 黒川は皮製の鞄の中から書類の束を取り出し、舞の父親の目の前へと投げ捨てる。
 それは黒川が債権者である事を示す書類のコピーだった。
「なぜ…貴様が……」
「ここを追い出された後、貴方の下で学んだ知識と私の才能で…一財産作りましてね」

 そんな二人のやり取りを、舞は傍らで立ち尽くして眺めていた。
 舞には黒川の目的が本能的に解っていた。
(私を…手に入れに来た…………)
 既に覚悟も出来ていたのかもしれない。呆然としながらも、舞はどこか冷静な気持ちで二人を眺めていた。

「それで…貴様は何しに来たんだ…」
「相変わらずですね…貴方も。債権者ですから取り立てに来たに決まっているでしょう」
「………今の桜木家には…何も無いぞ…」
 口惜しそうに吐き捨てて視線を逸らす。
 黒川はその姿を勝ち誇ったような笑みを浮かべ、愉快そうに眺めている。
「まだあるじゃないですか……最高のモノが…」
「!!」
 その時になって始めて、舞がその場に居る事に気がついた父。
「簡単な事です。お嬢さん一人を差し出せば…桜木家は助かるんです。どうします?一家揃って破滅して…桜木家の歴史を終わらせますか?クックック…」
 言葉の最後には嘲笑が重なっていた。
 唇を噛み締め、握った拳と肩を振るわせる父親の姿を見つめながら、舞はゆっくりと口を開いた。
「お父様……私……彼の物になります…」
「ま…舞……」
 自分の娘を差し出すなどとは考えられなかったが、他に桜木家を守る手段が無いのも事実である。
 娘の名前を呼んだまま黙ってしまった父親は、結局、娘の申し出を断る事が出来なかった。
 彼にとって、桜木家の歴史を終わらせる事は、全てに勝る恐怖だったのだ…
「では、お嬢さんを連れて行きますよ」
 黒川はそう言って舞の背中を押して促す。
 父親は背中を向けたまま、無言で肩を振るわせた。泣いているのかもしれない。
「お父様……今まで…ありがとうございました……」
 父親に別れを告げた舞の瞳にも、微かに涙が浮かんでいた…

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4. 捕われの蝶
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 矢吹町にあるマンション。その最上階のペントハウスが男の住まいだった。
 桜木家の負債を肩代わりできる程の財産を持っているわりには、質素と言えるかもしれない。
 部屋に入り、スーツの上着を脱ぎ捨ててネクタイを緩めながら、黒川は背後の舞に言い放った。
「脱げ」
 びくっ、と舞の体が震える。
 想像していたとはいえ、いきなりの事に舞の体が硬直する。
 しかし、黒川は冷徹な声で舞を促す。
「早くしろ」
「………は…はい…」
 かろうじて喉の奥から返事の声を絞り出すと、舞は制服へと手をかけた。

 衣擦れの音を背中越しに聞きながら、黒川は浮かんでくる笑いを止める事が出来なかった。
(やっと俺のものになるんだ…舞が…俺のものに………!!)

 舞は顔の見えない黒川に不安を抱きながら、震える指で少しず肌を露にしていく。
 制服の上着を脱ぎ、スカートのホックを外して床に落とす。
 下着とソックスだけになった姿で、黒川の背中を見つめる舞。
「全部だ」
 全てを察しているかのように黒川は言い放つ。
 想像した通りの言葉に、舞は覚悟を決めて下着へと手を伸ばした。

 ブラを外し、ショーツを脱いだ所で始めて黒川は振り返った。
 反射的に胸と股間を手で隠す舞だったが、黒川の視線はその手を通り抜けて舞の体に突き刺さる。
 羞恥で微かに赤く染まる舞の頬。
 不思議と屈辱感は沸いて来ず、ただ男に裸体を見られる羞恥と、体の奥の方で何かが熱くなっていくのを舞は感じた。

 カチ……シュポッ……

 黒川は手にした煙草に火をつけると、ゆっくりと一呼吸してから紫煙を吐き出し、値踏みするかのように、舞の体を上から下まで眺める。
「……想像通りの…身体だな…」
 そう呟くと、黒川は一歩二歩と舞に近づき、ゆっくりと舞の頤に指をかけた。
 微かに潤んだ舞の瞳と、鋭い黒川の視線が絡み合うように交差する。
 深みと憂いのある瞳に魅せられたかのように、黒川の顔がゆっくりと舞に近づき、そして唇が重なっていった。
 煙草臭い息と共にねじ込まれる舌。
 舞は瞳を閉じてそれを受け入れる。もう逃げる事はできないのだと、自分自身に言い聞かせながら……

It continue the next time.
 

 

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