prologue

「女三人集まれば」

 下校時刻を告げる鐘が学園内に響き渡る。
 下校する者、部活へと向かう者、それぞれの目的地へと生徒達が動き出す。

「まーっきちゃーん」

 元気良く間延びした呼び方で、鞄を手にした中里真希を呼び止めたのが坂下柚葉だ。

「今日は部活休みだったよね?、一緒にかーえろっ」

 中程で大きなリボンでまとめいる腰まで届きそうな長い髪を揺らしながら、手を振って微笑みながら柚葉が教室へと入ってくる。
 真希は女子空手部に所属している為、普段は一緒に帰る事は少ない。
 柚葉が図書館で時間を潰し、部活を終えた真希を迎えに来る事が週に1回ある程度だ。

「唯菜は?」
「まだ教室ー。一緒に呼びにいこっ」

 その場に居ない生徒の名前を口にし、二人は揃って教室を後にする。
 それほど友人の多くない柚葉とは違って、真希が廊下を歩くとすれ違う生徒達が声をかける。

「真希ちゃん、部活は?」
「さよなら、中里さん」

 その全てに愛想良く手を振りながら、二人は並んで廊下を歩いていく。

「ホント、真希ちゃんって人気ものだねー」

 傍らでポニーテールにまとめた少し茶色がかった髪を揺らして歩く少女を見つめながら、柚葉は尊敬するような、関心したような呟きを漏らす。

「そう?」

 自覚が無いのか、小首をかしげて柚葉を見つめ返す真希。
 整った容姿はもちろんのこと、そのさっぱりとした性格と態度、そして容姿に似合わない空手の腕前で、真希は全校生徒から好意的に思われていた。
 特に後輩の女子生徒からの人気は絶大で、毎朝下駄箱に入っているラブレターの数も男子生徒の倍の数になる。

「そうだよー。友達だって多いし…」
 自分に友人と呼べる人間が少ない事が気になっているのか、柚葉の語尾が小声になる。
 柚葉にとって真希は数少ない友人であるのと同時に、憧れの対象でもあった。
 明るく気さくな性格と、人目を惹くその容姿もあって、真希の周囲には常に誰かの姿があった。
 自分には無い物を持っている真希に、柚葉が憧れを抱くのも無理は無かっただろう。
 しかしそれは真希も同じ事。

「柚葉には私が居るでしょーがっ」

 そう言って柚葉の細い身体を抱き締めながら微笑む真希。
 真希は真希で、大人しく可愛らしい柚葉に憧れていたし、柚葉は真希と違って成績が良かった。
 明るく元気と言えば聞こえは良いが、自分では女らしさが足りないのでは無いかと思う。
 その点、柚葉は誰から見ても可愛らしい女の子で、時折見せる表情は同性の真希でさえドキリとさせられる。
 柚葉は活発で魅力的な真希に憧れ、真希は大人しく可愛らしい柚葉に憧れる。
 それぞれが持つ個性が魅力となっているのだが、他人の芝は美しく見えるというものだ。

「………うん」

 真希の言葉に嬉しそうに頷き返し、真希の腕をするりと抜け出て柚葉は駆け出した。

「あ、ちょっと待ってよ!」
「早く行かないと唯菜が帰っちゃうよー」

 二人は笑いながら唯菜と呼ばれた少女の教室へと駆け出した。



「ごっめーん」

 そう言って両手を合わし、舌を小さく出して見せる唯菜。
 諸住唯菜は真希と唯菜の友人であった。
 肩までで綺麗に切り揃えられた髪と、その瞳の輝きから知的な印象を与える少女だったが、実際には成績は良くない。
 いつも真希と順位の後ろから数えた方が早い辺りで争っている。常にトップ3を維持している柚葉とは大違いだ。

「一緒に帰ろうって約束したのにー…」

 柚葉が少し拗ねたような仕草を見せる。

「ちょっと急用が入っちゃってさ…ゴメン!。今度何かおごるから勘弁して」

 唯菜が約束を反故にするのはこれに始まった事ではない。
 三人揃っている時には、二人の姉のような立場の唯菜だったが、不意に約束を反故にする事が多かった。

「しょうがないね…二人で帰ろ、柚葉」
「うん…」
「ホント、ごめんねー」

 二人が来るまで一応は待っていたのだから、唯菜も悪いとは思っていたのだろう。二人との約束以上に大切な用事が入ってしまったというところか。
 二人に向けて手を振ると、唯菜は鞄を手に教室を飛び出して行った。

 しっかり者で自分の意見をはっきいりと言える唯菜が居なくなると、二人は何をするにも決めかねてしまう。
 普段は何をするにも唯菜が二人の意見を聞き、そして決断してくれるのだ。

「ふにゃぁ…どうしよっか?」
「そうねぇ…今日は大人しく帰ろうか?」
「……そうだね」

 唯菜が駆けて行った教室の扉を見つめながら、二人はそう呟き合った。

 中里 真希
 坂下 柚葉
 諸住 唯菜

 この物語は三人の少女の波乱万丈な学園生活を綴った物である。


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