7st

空手バカ


「お待たせしましたー」

 放課後、校門の前で真希を待っていたのは空手部主将の重太。
 今日は対外試合を申し込みに行くと言う重太に、女子部を代表して真希が付き添うのだ。
 本当ならマネージャーが付き添うのだが、今回の相手は県下でも屈指の強豪校。
 その練習風景を見るのも良い練習になると、重太が居ないと練習相手の居なくなる真希を誘ったのだ。

「よし、それでは行くぞ」

 まるで道場破りにでも行くかのような顔つきで、重太は真希を伴って駅へと歩き出す。

(ホントは道場破りだったりして…)

 思わず真希もそんな想像をしてしまうぐらいに、重太の表情は険しかった。
 その横顔は、試合開始直前の重太の姿を思い出させる。

(何だろ…今日の主将…いつも以上に「変」)

 微かな不安を胸に抱きながら、大きな重太の歩幅に合わせて歩みを急がせた。

 

 空手の腕前は超一流の重太だが、それ以外の事に関しては全くである。
 勉強の成績も下から数えた方が早いし、色恋沙汰など全滅状態だ。
 試合中や練習中の重太の姿には真希の胸をときめかせる物があったが、普段の姿を思い出すと幻滅すらしてしまう。
 隣で一緒に電車に揺られている重太を横目で眺めながら、真希はそんな事を考えていた。
 ふと真希は初めて重太と出会った時の事を思い出す。

 まだ櫻花学園に入学して間も無い頃。
 武との別れを引きずって、暗い表情で学園生活を過ごしていた真希に、新入部員勧誘の為に重太が声をかけたのだ。
 男子空手部の主将が女子に声をかけるなどとは聞いた事も無かったが、重太にしてみれば空手部に入ってくれれば男でも女でも関係なかったのだ。
 廊下を歩いていた真希を大声で呼び止め、延々と空手の素晴らしさについて語る重太に、呆れて真希は笑い出してしまった。
 どこか憎めない照れ笑いを浮かべて謝る重太に、真希は今までとは違う自分を見つけられそうな気がして、女子空手部へと足を運んだのだ。
 全くの未経験者だった真希だったが、持って生れた運動神経と勘の良さで、瞬く間に空手の腕を上げていく。
 1年が過ぎる頃には、女子部では真希に敵う相手は居なくなり、自然に男子部の練習に加わるようになっていた。

(まさか私が空手を始めるなんてねぇ……)

 ほんの1年弱前には考えられなかった事である。
 何となく始めた空手ではあったが、格闘技という物が性分に合っていたのだろう。
 今では空手をしていない自分など想像できないと思う。
 自分をこの道へと誘ってくれた重太に対して感謝しつつ、「もう少し女心が解れば」と思ってしまう真希だった。
 ずば抜けた空手の腕前、体格も良く顔立ちも悪く無い。
 これで空手だけではなく女心も少しは理解できていれば、真希は迷う事無く重太へと想いを寄せていただろう。
 しかし如何せん、重太は空手バカなのであった。

「降りるぞ」
「あ、はい」

 目的の駅に到着すると、重太は大股でホームへと降り立つ。
 慌てて真希も重太に続いて電車を飛び降りたが、その拍子に段差につまずいて転びそうになる。

「きゃっ…」
「おっと」

 咄嗟に華奢とは言えない真希の身体を軽々と片手で支える重太。
 その腕の逞しさに、一瞬にして真希の鼓動が高鳴る。
 女心を理解しない重太を恋愛対象に見れないと思う真希だったが、その逞しい身体と強さに、真希の「女」は確かに惹かれているのだ。
 この逞しい腕に抱きしめられたい。
 無意識のうちにそんな事を考えている自分に、思わず真希の頬が朱に染まった。

「大丈夫か?」

 そんな真希の気持ちも知らず、平然とした様子で訊ねる重太。

「あ、はいっ…」
「そうか」

 真希が態勢を整えるのを待って、重太は何も無かったかのように再び大股で歩き出した。
 その大きな背中を見つめながら、真希は心の中で小さく呟く。

(この……ニブチン…)

 重太の鈍感さも、何となく好意的に思える今の真希だった。