エピソード1-1「僕のバディ」
日常的な事柄のエリスへの入力も終わり、僕は彼女とのコミュニケーションを楽しむようになっていた。
今までに出会ったどんなバディとも違い、彼女は本当に人間と見分けがつかない反応を返してくれる。
「ねぇエリス」
「はい?」
にっこりと愛らしい笑みを浮かべて返事をする様は、まるで僕に最高の彼女ができたような錯覚さえ覚えさせる。
「ちょっと学校に行かない?」
「でも、今日は日曜日ですよ?」
「うん。君に紹介したい奴が居るんだよ」
それは嘘だ。
そいつにエリスを紹介したいのではなく、単にエリスを自慢したいだけなのだ。
まだ市場には一台も出ておらず、それどころか発売予定すら定かではない第八世代のバディ。
運命の女神が実在するのなら、彼女を僕の元へと届けてくれた事を感謝したいくらい、それは幸運な事だった。
だからこそ、仲間に自慢しない訳にはいかな。
それに、男なら自分の彼女を男友達に自慢したいものだろ?
それが最高の彼女なら尚更だ。バディだけど。
「わかりました」
僕の真意を知ってか知らずか、エリスは嬉しそうに微笑みながら立ちあがる。
「じゃ、着替えて行こうか」
「はい」
返事を言い終えた途端に、エリスはTシャツの裾へと手を伸ばし、躊躇う事なく脱ぎ始める。
そして下着姿になってしまうと、洋服ダンスの中から彼女の為に用意した薄桃色のワンピースを取り出す。
「これにしますね。健一さん」
「…そうだね」
緩む頬を必死に堪えながら、僕はエリスの着替えを眺め続けた。
言っておくけど、僕はまだ彼女に手を出してはいない。
X-MODEで起動したのだから、もちろん…男女の関係になる事は可能だ。
でも、週に一回、サテライトシステムを使ったネットワーク経由で、エリスはWMSC社に学習データと動作LOGファイルを送っている。
これ以上は説明不要だろう。
つまり彼女とそういった行為をすれば、それは全てWMSC社の知る事となるのだ。
男にとって、これ程恥かしい事はないだろう。
だから僕は今日まで躊躇ってきたのだ。そして着替えを眺めるだけで我慢してきたのだ。
ただ、いつまで我慢できるかは解らない。
僕だって健全な男子高校生だ。当然、女の子に興味はあるし、エリスは女の子として魅力的だ。
きっといつか…近い将来、僕は我慢の限界を迎えるだろう。断言しておく。
「健一さん…」
着替えを眺めながら呆けていた僕に、エリスが控えめに声をかける。
「ん…どうしたの?」
「後…閉めてもらえます?」
ワンピースの背中のファスナーを自力では上げられなかったようだ。
そう言って背中を向けるエリス。
「…うん」
毎日のように着替えを見ているとはいえ、間近に迫ってみると、エリスの肌の決めの細かさに僕の心臓は加速する。
微かに震える手で、僕はゆっくりとファスナーを上げていった。
そのまま抱きしめたくなる衝動を必死に堪えて。
「よ…よし………それじゃ…行こうか?」
「はい!」
エリスは単純に僕と外出する事を喜ぶ。
散歩だったり、買い物だったり。特別じゃない日常的な外出も、彼女にとっては嬉しい事であるらしかった。
楽しそうに無邪気に微笑む彼女につられて、僕の頬も自然に緩んでくる。
少しだけ恥かしかったが、僕はこの日、初めてエリスと手を繋いだ。
「……うふふ」
僕の顔と繋いだ手を交互に眺め、こぼれそうな笑顔を僕に返してくれるエリス。
こんな彼女を見たら、きっと奴は言うに違いない。
『ずるい。お前だけ』
…と。
僕は悔しがり、羨望の眼差しでエリスを見つめる奴の姿を想像しながら、エリスと手を繋いで学校へと向かった。
<続く>
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