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プロローグ2 「命名『エリス』」

「そうだなぁ…………エリス……エリスってのはどうかな?」
 僕は独り言のつもりで言ったのだが、目の前の少女はそれに応えるように頷いた。
 これで彼女の名前は決定した。エリスと。
「君の名前はエリス。僕は坂上健一…よろしくね」
「はい、マスター」
「そのマスターってのは止めてよ。健一…健一でいいからさ」
「健一…さん?」
 僕のパーソナルデータは既に入力されているのだが、僕はこうして対話しながら設定するのが好きなのだ。この方がより彼女と分かり合える気がする。気分的な問題だね。
 彼女の名前も決定したし、後は普通に使うだけなのだけれど、僕はすっかり忘れかけていた事がある。エリスはまだ何も身につけていないのだ。
「服を着せなきゃね……確か一緒に送られて来たはずだけど…」
 部屋の隅に置かれたダンボール箱の中を探ると、下着のセットと可愛らしいデザインのワンピースが袋に入っていた。
「じゃあ、これに着替えて。あ…僕は向こう向いてるからさ」
 エリスは気にしないし、別に着替えを眺めていても良いのだけれど、僕の方が何だか照れそうだったのだ。
 僕が窓の方を向いている間に、エリスは手早く身支度を整える。
「終わりましたよ、健一さん」
 そう呼びかけられて振り向いた僕の前には、先程のワンピースを身に着けたエリスが立っていた。
 僕は思わず見とれてしまう。
(………可愛い)
 相手がバディだと解っていても、僕の鼓動は早鐘のように加速してしまう。それほどまでにエリスは可愛らしかった。
 WMSC社が新しいデザイナーを入れたとは聞いていたけれど、その人の才能は恐るべきものだ。
 ここまで可憐で愛らしい姿のバディを、僕は今までに見たことが無い。
 もしこれが市場に投入されれば、瞬く間に人気の機体になるのは明かだ。
「どうしました?」
 いつまでも見とれている僕に、エリスが小首を傾げて問い掛ける。その表情、仕草の一つをとっても完璧と言わざるをえない。
「あ、いや…何でもないよ…うん」
(これは…とんでもなくラッキーだったかも)
 WMSC社の試作評価機へのモニター募集は定員が3名。そして応募総数は30万通を超えたと聞いている。10万分の1の確立に、僕は当選した訳だ。
 しかも、半年間のモニター期間を終えた後は、WMSC社での調整を経て再び僕の元へ戻ってくる。そう、モニターにプレゼントされるのだ。
 普通に買えば400万を超える価格設定のバディを、半年間レポートするだけで貰えてしまう。周りから羨ましがられるのも当然だろう。
「健一さん?」
 僕はまたエリスに見とれてしまっていた。
「あ、え、そ、……えっと……と、とりあえず…僕の日常のスケジュールとか教えておくね」
「はい。よろしくお願いします」

 僕の一日のスケジュールや嗜好、どこで買い物するか等をエリスに教えた。
 これで食事その他の家事全般は彼女に任せる事ができる。
「こんなもんかな…?」
「後はデータベースから補っておきますね」
「うん。そしてくれると助かるよ」
 エリスは必要なデータがあれば、ネットワークにサテライトアクセスし、そこからダウンロードしてくれるだろう。
 一般的なニューストピックスや、天候情報は日常的にダウンロードし、僕の生活をサポートする為に役立ててくれる。
 バディが居ると居ないのとでは、生活が大きく変わるのはその為だ。
 自分の傍らにいる人間(バディは人ではないが)が、必要な情報を必要な時に瞬時に提供してくれるのだ、これほど便利な事はない。
 しかし、個人の持つ趣味・嗜好といったパーソナルデータは直接教えるしかなく、この教える作業「教育」をどれだけやったかで、バディの使い勝手も変わってくる。
 僕はとりあえず自分の済むアパートの周辺を案内してやる事にした。
「散歩も兼ねて案内するよ」
「ありがとうございます」
 心なしかエリスの表情が嬉しそうだ。普通のバディなら購入してからマトリクスシステム(自律人格回路)が働き出すまでに、ある程度の時間がかかるのだが、エリスは既にマトリクスシステムが機能し始めているようだった。
(これが第八世代と第七世代の違いってやつなのかな…)
 僕の傍らで楽しそうに靴(これもダンボールの中に入っていた)を履いているエリスを見つめながら、僕はこれからの生活が間違い無く楽しくなるであろう事を予感していた。


<続く>

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