燕−夏の夜−後編
「え…………由太君…?」 伸ばされた手に、燕は夜空から視線を落として隣の由太郎を見つめる。 由太郎は真剣な眼差しで燕を見つめ返し、ゆっくりと顔を近づけていく。 「燕ちゃん…好きだよ…」 満天の星空の下。 至近距離で見つめられて愛を囁かれ、思わず燕の胸が高鳴る。 由太郎の手は肩から背中へと回り、顔は更に近づいていく。 (ど、どうしようっ……!) 突然の状況に燕の頭は混乱し、身体は凍り付いたように固まってしまう。 その間にも由太郎の顔は近づいてくる。 燕の混乱は更に度合いを増し、思わずその口を叫びがついて出る。 「や、弥彦ちゃんっ!!」 「呼んだか?」 燕が切羽詰った叫びを上げた瞬間、二人の背後の暗闇から仏頂面の弥彦が現れた。 「……またお前かよ」 最大の機会を奪われ、由太郎は苦々しく言葉を吐き捨てる。 弥彦と由太郎、二人の間に不穏な空気が流れる。 それを察した燕だったが、何もできず、ただうろたえるばかり…。 (ど、どうしよう……っ) 弥彦と由太郎。 二人の視線は刃物のような鋭さで絡み合い、互いの剥き出しの感情が空気を伝わって衝突する。 (わ、私がはっきりしないから…) 自分が曖昧な態度をとっていた為に、こんな状況を引き起こしてしまったのだと責任を感じる燕。 一匹の獲物と二匹の狼の間に流れる空気は、次第にその冷たさを増していった…。 しかし、弥彦は由太郎が手を離したのを見ると、そのまま踵を返して林の中へと歩き出す。 「何なんだ…アイツは」 「ま、まって弥彦ちゃん!」 「あんな奴ほっとけばいい…」 バシィッ……! 乾いた音が響き渡る。 その瞳から涙を零した燕が、振り向きざまに由太郎の頬を打ったのだ。 燕は由太郎に悲しげな視線を突き刺すと、同じように踵を返して弥彦の後を追った。 「………泣かせちゃったか」 赤く燕の手形の付いた頬を撫でながら一人呟く由太郎。 「……泣かせたお詫びに、食事にでも誘うかな」 どこまでいっても由太郎は由太郎。少しも懲りた様子は見せなかった。 「弥彦ちゃん!、待ってよ弥彦ちゃん!」 息を切らせて弥彦の後を追う燕。 しかし弥彦は振り返る事なく、林の中をかなりの速度で歩み続ける。 「弥彦ちゃんってば!」 涙声で弥彦の名を呼び続ける燕。 ようやく追いついて背中から呼びかけるが、弥彦は何も語らず黙って歩き続ける。 「弥彦ちゃん!!」 燕の悲鳴のような叫びが林の中に響き渡った。 すると次の瞬間、不意に立ち止まった弥彦が背後の燕へと振り返った。 「弥彦………ちゃん………」 一瞬、安堵の表情を見せかけた燕だったが、その弥彦の表情を眼にして下を向いてしまう。 それは燕が過去に一度も見たことがない、怒りに満ちた表情だった。 「…………何で由太郎の奴と一緒に居んだよ」 その語気と表情に、燕は返答に困って俯いてしまう。 そしてそれがまた弥彦の怒りを逆撫でしてしまうのだ。 何も答えず、ただ黙って俯くだけの燕に苛立ちを覚えつつ、弥彦は更に言葉を続ける。 「別にお前がいいなら…俺も邪魔しねぇぜ。由太のやつとよろしくやってくれよ」 「そんなっ………酷いよ…」 「何がだよ!」 思わず大きな声を発した弥彦に、燕の体が小さく震える。 それは弥彦の中の嗜虐心を刺激してしまうのだが、燕はそれを知らない。 「じゃあ男なら…誰でもいいのかよ。誘われれば誰でも着いて行くのか!」 「そんな…そんな……ぐす……ひっく……」 まさか弥彦にそんな言葉を投げつけられるとは思っていなかった燕は、その衝撃と悲しさで泣き出してしまう。 しかし、それも弥彦の苛立ちを増幅させる結果となる。 「………泣いてるばっかじゃ…何も解らねぇだろーが!」 弥彦は咄嗟に燕の肩を掴んで、その身を揺さぶっていた。 「い、痛いよっ……弥彦ちゃん……ひっく……うぅ…」 泣きながら訴える燕。 弥彦が荒々しく揺さぶってしまった為、浴衣の胸元が乱れ、燕の柔肌が微かに露になっていた。 そして、それを視界の中に捕らえた弥彦の表情が、怒りから微妙に変わっていった。 「ひっく……ひっく……」 小さく嗚咽を漏らし続ける燕の前で、弥彦の喉が大きく鳴る。 「……教えてやるよ……」 「ひっく……ぐす………?」 「…男の怖さってのを教えてやるってんだよ!」 そう叫びながら、弥彦は燕をその場に押し倒していた。 「きゃぁっ…!!」 短く叫んだ燕の表情は、現実を受け止められずに戸惑いの色に染まっている。 それが次の瞬間、恐怖の色へと変わっていった。 「や、止めて弥彦ちゃん!…いやぁっ…!!」 始めて見る弥彦の表情に、燕はただ恐怖心だけを感じた。 そして弥彦が乱暴に燕の浴衣の胸元を開き、燕の可愛らしい乳房が露になる。 燕はそれを見られる事の恥ずかしさよりも、普段の姿からは豹変してしまった弥彦に、ただ涙を流して力無く許しを請うだけだった。 「ひっく…止めてよ…弥彦ちゃん…こんなの嫌だよぉ……ぐすっ…」 しかし弥彦は動きを止める事は無く、露になった燕の胸の隆起へと手を伸ばす。 その瞬間、涙の溢れた両目を固く閉じて燕が叫びながら、胸へと伸びた弥彦の手に自分の手を重ねた。 「嫌……こんなの嫌だよっ…!!!」 「…………」 燕の絶叫と重ねられた震える手が、弥彦の激情を冷ましていく。 胸へと伸びていた弥彦の手が離れ、燕の頭へとゆっくり移動していった。 「……悪かった」 その髪を優しく撫でながら呟く弥彦の声音からは、先ほどまでの激しさが消え失せ、普段の色へと戻っていた。 「ぐすっ…ひっく………弥彦ちゃん……」 涙は止まる事なく流れ続けているが、燕は心底嬉しそうに弥彦に微笑みかけた。 「どうかしてたぜ……悪かったな…」 そう言いながら身を起こしかけた弥彦を、燕の手が押し留める。 「………待って…」 「ん…?」 「私が好きなのは…弥彦ちゃんだけだよ…さっきの弥彦ちゃんは怖かったけど……」 頬を真っ赤に染めながら、燕は必死に言葉を紡いでいく。 「燕…」 「今の…いつもの弥彦ちゃんなら…………私を貰ってほしい……」 身体中の勇気を総動員し、潤んだ瞳でそう弥彦に告げると、燕はそっと瞳を閉じていく。 小刻みに身体を震わせながら目を閉じて弥彦を待つ燕。 それに応えるかのように、弥彦はそっと燕へと唇を重ねていった。 「………ん……」 一旦、重ねた唇を離して照れた笑顔で見詰め合う二人。もう燕の瞳に涙は無い。 そして再び唇は重なり合っていく。 「ん……んん……」 燕の髪を撫でながら唇を重ねつつ、弥彦は露になったままの燕の小振りな乳房へと手を伸ばす。 一瞬、燕の身体に緊張の色が走り身体を強張らせるが、すぐにその力も抜けていく。 力加減に気を使いながら優しく乳房を揉みほぐし、胸の突起を指先で弄ぶ。 そして重なり合っていた唇が離れると、燕の愛らしい唇からは甘い吐息が漏れ始めた。 「ふぁ…ん………んくっ……はぁ……」 恥ずかしそうに口元へ手の甲を当てて喘ぎを堪える燕。 その姿があまりに可愛らしく、弥彦の鼓動を激しく昂ぶらせていく。 「あぁっ……そんなっ………やぁんっ……」 胸の先端へと唇を移し、口の中で激しく突起を弄ぶ弥彦。 その甘美な刺激に燕は太股を擦り合わせて身悶える。 そして、その太股へと弥彦の手がするするっと伸びていき、浴衣の裾を掻き分けて奥へと進んでいった。 膝に力を入れて弥彦の手の進入を拒もうとする燕だったが、か弱い燕の力では弥彦の手を押し留める事はできず、呆気なく進入を許してしまう。 太股の上を滑るように進んだ弥彦の手は、燕の淡い翳りへと達した。 「そ、そこはっ……はぁんっ…!」 一瞬、戸惑いの表情を見せかけた燕だったが、弥彦の手が微かに動くと、身体を震わせて大きく仰け反って喘いでしまう。 高ぶった感情がそうさせているのか、燕の身体はかなり敏感に弥彦の愛撫に反応している。 ほんの僅かに触れただけでも、弥彦は燕の潤いを指先に感じる事ができた。 「ふぁ………んんっ……!」 燕の可憐な胸の突起を口に含んで舌先で刺激を送り込みながら、淡い翳りの奥へと伸びた指先を優しく動かす。 甘美な刺激に全身を包まれて、燕は愛らしい口元から甘い吐息を漏らして悶える。 まだ経験が無いであろう燕を気遣った弥彦の優しい愛撫。 そんな優しさに包まれながら、燕は少しずつ花開いていった。 「あぁんっ……くぅん…!、あっ……あぁっ……!」 足先は反り返り、手は草むらを掻き毟る。 耳朶へと吹きかかる甘い吐息を心地良く感じながら、弥彦は燕の浴衣の帯を解いていった。 月明かりと花火が照らし出す中で、燕のまだ幼さの残る肢体が露になる。 「………恥ずかしいよ……」 頬を真っ赤に染めて弥彦の視線から逃れるかのように顔を逸らす燕。 真剣な眼差しで燕の全身を見つめた後、その頬に優しく唇を寄せながら弥彦が囁いた。 「綺麗…だぜ…」 その言葉だけで、燕は再び溢れる涙を抑える事が出来なくなった。 涙の理由を理解した弥彦は、その雫を指先ですくい取る。 「…いいか?」 「何が?」とは聞き返さない。その言葉の意味は燕にも解っている。 再び視線を戻して弥彦の真剣な眼差しを見つめ返すと、燕は黙って小さく頷き返した。 燕の両足の間にその身を滑りこませ、腰へと手を伸ばして支えながら、ゆっくりと腰を進めていく。 瞼を固く閉じた燕の表情が、微かに苦痛の色に歪む。 「んんっ……………」 「大丈夫か?」 「…………うん………だいじょうぶ…だよ……」 一瞬、燕を気遣って腰を止めかけた弥彦だったが、燕の言葉に改めてゆっくりと腰を進めていった。 弥彦の背中に手を廻して必死に苦痛を堪える燕。 弥彦がその全てを燕の体内に収め終わった頃には、燕は既に荒い呼吸に胸を隆起させていた。 収めきった姿勢のままで動きを止め、優しく燕の髪を撫でる弥彦。 燕がゆっくりと瞼を開く。 「はぁ………はぁ…………弥彦ちゃん…」 苦痛の色が見え隠れしてはいるが、それでも燕は幸せそうな微笑みを弥彦へと向けた。 胸に溢れる愛おしさを抑えきれずに、思わず弥彦は燕の身体をきつく抱き締めていた。 「燕っ…!」 そして再び腰を動かしていく。 「あっ……あっ……ああぁっ……!!」 抱き締められ、唇を重ねられ、貫かれる。 愛した男に抱かれている、その腕の中に居るという現状が、燕から苦痛を消し去っていく。 そしてそれに代わるかのように訪れる甘美な快感の前兆。 弥彦も包み込みながら締め付けるような燕の刺激に、次第に動きを加速させていった。 「や、弥彦ちゃんっ……駄目っ……変になっちゃうよぉっ……!」 弥彦の胸に顔を押し付けるようにして叫ぶ燕。 その声は弥彦に届いているのだろうが、それに応える程の余裕は無くなっていた。 ひたすら、燕を求めて動き続ける弥彦。 「やぁんっ!、んっ……んんぁっ…!、あっ、あっ……はぁんっ!」 二人とも限界が訪れるのは近いようだ。 更に動きを加速させていく弥彦と、腰が浮き上がる程の抽送に見を委ねる燕。 「燕…俺……もう……っ」 額に汗を浮かべながら、弥彦が囁くようにな声で告げる。 「私も……もう駄目ぇっ……弥彦ちゃんっ…弥彦ちゃんっ……!!」 頭を振りながら激しく喘ぐ燕。 そして二人は時を同じくして達した。 「くっ……」 「あ、あああっ………はぁぁぁぁっ!!」 大きく背中を仰け反らせて達した燕の体内に精を放ち、そのまま弥彦は燕の上に倒れ込んだ。 浴衣を着終えた燕に、背中を向けた弥彦が呟く。 「弥彦【ちゃん】って呼ぶのは…二人っきりの時だけにしてくれよな…」 背中を向けている為に表情は覗えなかったが、燕には解っていた。 きっと照れて鼻の頭を掻いているのだと。 「……うん」 そう答える燕は、自然に笑みが浮かんでくるのを抑えられずにいた。 <おわり> |