魔王の後継者
第2話2章:「あんまり待たせちゃかわいそうだろ」
双子の部屋から出てきたフィリオネルが軽くため息をついてたたずんでいると、そこにクレアが話し掛けてきた。
「あ、姉さん何?」
「何じゃなくて、夕べ頼まれてた奴見つけといたよ。」
そう言って差し出した手には、小さな青い宝石のついた黒いリボンが二本乗せられていた。
「あんたの言ってた居場所が解るようになる術式と、つけた人間にしか外せない術式。あと何か別の術式も付与されてるみたいだけど、とりあえず該当する導具はそれくらいしか無いよ」
「ありがと、ところでこれどうやって使うの?」
値踏みするように裏返したり、光にすかしたりしながら訊ねる。
「んー。チョーカーみたいに首に巻きつけて、その呪石のところにあんたの魔力流してやればいいはずだよ。あんたが外すか、より強力な力で解術するか、つけられた当人が『虚』をある程度維持出来るようなら外せるはず。」
「どれどれ?」
そう言って一本を自分の首に巻くと石に指を当てた。すると小さく光がともったかと思うとリボンがするすると縮み、指一本入らないほど、しかし呼吸の妨げにはならない程度に巻きついた。
「へぇ…しっかり巻きつくんだね」
そうやって効果を確かめるとフィリオネルはその身体から力を抜いた。その体勢は武術で言うところの無形の位、力を蓄え瞬間的に動ける形だ。
もしも魔力を目で見る事の出来る者がいれば、次のような光景が目に映ったことだろう。
フィリオネルの身体の周りで絶えず発散され、漂っていた魔力が瞬時に消え去り、その魔力を吸い取っていた呪石が徐々に魔力を失ってゆく。
この世界の魔力はいわゆる『気』の概念に近い。絶えず体内を駆け巡り、あるいは発散され、収斂される。魔術付与具を用いて術を行使するときは、魔力を活性・収斂し魔術付与具に送り込み、その魔力で術式を起動し発動する。
逆に魔力を全く体外に出す事の無い態勢を『虚』、または『虚魔力状態』と呼ぶ。
魔術師は魔力の制御訓練を真っ先に教えられ、もっとも長く続ける。虚魔力状態という一つの到達点まで魔力を抑えられる者がおよそ半数である。二十歳と言う若さでそれに達している事が彼の力の一端を示しているだろう。
とはいえ、クレアもまた虚魔力状態まで到達している魔術師である。目にみることは出来ずともその状態の変化は肌で感じれらた。
やがて巻きついていた布が、わずかな衣擦れの音と共に呪石の重さで首から落ちた。
「なんか首に巻きついてると落ち着かないなぁ、指輪とか腕に巻くとかそういうのは無かったの?」
「そりゃ居場所知らせるだけならあったけど、外せなくなる術式まで付与されてるのはそれだけだよ。」
そこまで言うと、からかうように聞き返した。
「で?そっちはちゃーんと説得したのかい?奴隷になるってさ…」
「ま、一応ね」
(多分納得はしてないだろうけど…)心の中で付け加えた。
「そっれにしてもひどい奴だよねぇ、あんたってば。事もあろうに一国のお姫様を奴隷にしようってんだから。」
「そんな極悪人みたいに…それにね、お姫様だろうが乞食だろうが、同じ事をすると思うよ、僕は。今あの二人に必要なのは保護者、そして一番あの二人のためになるのは少しでも早く国に帰してやること。そのためにはどうしたって動かなきゃならない。この国を黒髪族が移動しようとしたら、絶対必要なんだよ。夕べも言っただろ」
少しむきになったように早口になる。
「そりゃ、のたれ死ぬか、さらわれて利用し尽くされるだろうけどね。でも移動するのに本当に奴隷にする必要があったのかねぇ」
クレアがさらに混ぜ返しすと、今度は本当にむきになったのか声も大きくなる
「見たところ魔術使えないみたいだし、そりゃ、僕の付与技術がもう少し高くて、ちゃんとした術具が作れればそんなことは無いだろうけどさ。師匠はあてに出来ないし、ごまかせるような付与具は無いし、移動するには必要なの!」
一息つくとさらに続ける
「もしも師匠を待つとか、僕が作れるように成るとか、あるいはあの二人がまともに魔術使えるまで待つとしたらどれだけ時間がかかるかわかりゃしない。そうなれば噂が立って村の人にも迷惑がかかるし、そうならないようにするには軟禁でもしなきゃならない。姉さんだって賛成してくれたじゃないか」
「もちろん、賛成するよ。あんたがそういった説明したんならね。その辺の事ちゃんと言った?」
クレアが一転して真面目な口調になると、フィリオネルはばつが悪そうに視線をそらした。
「言っても仕方ないだろ、こっちの都合で苦労かけるんだから…。それに僕だってティル・フォーンの国に行きたい。それに利用してるようなもんなんだ。どう言ったってひどい事するのには変わらないんだ。」
「あんたねぇ…」
どうしてこの子はこうなんだろう?言う事を聞かせるだけなら、だまして言う事を聞かせればいい。けれどしなかった。それならば逆にきちんと説明して協力をさせればいい。けどそれもしなかった。自身を信用しながら、信頼しない。
パン!と顔をはさんでフィリオネルを正面に向けさせる。そして睨むように続けた。
「そういう事で遠慮してんじゃないわよ!あんたの悪い癖だけど、むしろ苦労するのはあんたの方だろ!ちゃんと理由説明して、協力させなきゃ駄目じゃない!あたしに言った事は嘘だっての?!」
「…嘘じゃない」
「なら!ここで誓いな、僕があの二人を守る、ってさ」
しかるように言うと、フィリオネルの声が啖呵を切るように大きくなった
「ああ、僕があの二人を守る!」
小さくうなずいてクレアが手を離す。と、ニヤッと笑って肩を押した。
「さ、お姫様がお待ちだよ!」
突然肩を押されたフィリオネルはよろける。その視界の端にドアをあけた人影が二つ写っていた。
編み上げの革の靴。長いスカートの裾。腰から下を覆うエプロン。一体のワンピースは吊りスカートのように白いブラウスの胸元を強調している。肩の部分が膨らんだジゴ袖はきちんと手首まで包んでいる。そして頭の上にはレースのフリルをあしらったカチューシャ。
胸の前で手を組んで上気した頬で見上げるモエギ。まっすぐに見上げてきている。
後ろ手に組んで少し頬を染め横目でちらちら見るウラハ。目線が会うとそらした。
「き、聞いてた?」
硬直していたフィリオネルがようやく搾り出すように声を出した。
「はい」
「い、何時からいたの?」
「その、『言っても仕方ないだろ…』と言う所からじゃ」
「そんな前から?!」
(ふ、不覚…)
いくら家の中で安心しきっていたとはいえ、少し感情的に成ってたとはいえ、気づかなかった。おまけに気恥ずかしい台詞まで聞かせてしまった。
何故自分はこの事に気づかなかったんだ?
そんな動揺を何とか隠して口を開く。
「姉さん…どうしていってくれないのさ?」
恨めしそうに振り返る。胸をはったクレアがきっぱりと言った。
「面白そうだから!」
がくりと肩を下げてうなだれるフィリオネル
「さ、早いとこ仕上げ仕上げ。そのチョーカーはあんたらの安全のためなんだよ」
「はいっ」
「ま、安全のためじゃしな」
もはや無言で術を発動するフィリオネル。
シュルっと音を立てて白い首に黒いリボンが巻きつく。
「あら〜、これも大きさが変わるんですねぇ…」
「服もぴったりなサイズに変化したし、珍しい品じゃな」
不思議がる二人に得意そうにクレアが応じる
「そりゃそうさ、どっちも魔導王国時代のメイドがつけてた品物だからね。その程度の術式は組み込まれてて当然。特にそっちの服は保温やら自己修復やらのまで付いた高級品さ。ちゃんとした所に持ってけば10年は遊んで暮らせる値段になるんだから。」
「これってそんな品物だったの?」
意外な事を聞いた、そんな表情をするフィリオネルにクレアが笑って答える。
「そうだよ。ま、あんたはあんまり興味が無いみたいだけどね。」
上機嫌なままで心の中で続ける。
あんたが興味あるのは中身の方だもんね。それにどうも、ティル・フォーンがらみだけってわけじゃないようだし…
強さと弱さ、しなやかでありながら脆い、老獪にして誠実、他人を信じたいが故に疑う心。矛盾。他人に対して心を鎧うがゆえに身内と判断した人間には無防備。
そんなフィリオネルがまだ他人と言ってもいい双子に、自分の後ろに立っていた事すら気づかないほど無意識に心を開いている。今までに無かった事だ…
その事実にクレアは頬が緩む。
そう、ひょっとしたらこれはフィルにとって初めての…
「さ、立ち話は終わり。ご飯にしようか!カーナは育ち盛りなんだ。あんまり待たせちゃかわいそうだろ」
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