魔王の後継者

第2話1章:「そんなはずあるまい」

 


翌朝すっかり日が昇り、朝食にはやや遅い時間。水汲みを終えたフィリオネルがモエギとウラハ二人の部屋へと足を運んだ。ちなみにカーナは朝食作り、クレアはその手伝いである。

「やぁ〜、おはよ…う…」

明るく声をかけたフィリオネルの声が小さくなった。部屋が暗い。窓は西側にあるが、それが原因ではない。

ベッドの上で膝を抱えているウラハの雰囲気がそのまま影響を当てている。その雰囲気に飲まれていないモエギが返事を返してきた。

「あ、おはようございます。ほら、ウラハ」

「ん…………うん」

姉の呼びかけにも生返事でしか返ってこない。

「うーん」(これは重症だなぁ…)

話さ無ければならない事があるのだが、このままでは会話にならない。どうしたものかと悩む。

結論はでてる、いずれ話さなければならないのである。ようはどう切り出すべきか…

「あの、どんな用件で」

相変わらずなモエギの声を呼び水に、内心で感謝しつつフィリオネルがきり出した。

「二人に話があるんだ」

悩んだ割には平凡なきり出し方だった。とりあえず手近な物を椅子代わりに引き寄せると言った。

「悪い事と、多分良い事と二つあるんだけど。」

「なんでしょうか…」

向き合うようにベッドの端に座ったモエギが不安そうにする。

「まず悪い事だけど、二人には奴隷になってもらおうかと思う」

あるいはすでに覚悟があったのだろうか?モエギは小さく手を握り神妙にしている。ウラハは身じろぎしたが変わらず内にこもっていた。そんな二人に慌てて続けた。

「あ、奴隷って言ってもメイドって形で一応ソレらしく見せるって事なんだよ。まぁ、行動も制限しなくちゃだし、ソレらしく見せる為に多少の不便はあるだろうし、作法とか色々大変な事はあるだろうし…」ならびあげる条件の悪さにだんだんと言葉じりが濁ってゆく。

じっと見上げるモエギ。

その瞳に一瞬言葉に詰まる。続けてその必要性を説明するその姿は、まるで恋人の機嫌を必死に取ろうとしてる様であった。

曰く、魔族のほとんどが奴隷として暮らし、それ以外は社会と隔絶した少数の蛮族として暮らしている現状。黒髪族は確認されているすべてが管理されている事。

曰く、魔族に反抗の機運が強くなって来ている為、二人が旗印として利用される可能性のある事。フォーン国が実在する事が知られた時に混乱が起こるであろう事。

そしてそれらを防ぐために必要な措置として、二人を自然な形に保護するには奴隷のふりが有効な事。士族以上でなければ奴隷の所有は出来ないが、自分なら可能である事。

と、その途中でウラハがゆっくりと顔を向けてきた。その瞳には怒気、青白い顔は悲壮感と決意がこもっている。

「いろいろ言うてるが…要はわらわ達を奴隷にするというのであろう。………そのような辱めを受けるとおもうたか!それくらいならばいっその事殺せ!」

フィリオネルを睨みつける。その手が震えているのは怒気だけではないだろう。

だが、そんな必死の表情も

(あ、結構かわいいかも…)

と、そんな場違いな感想を持ってしまったフィリオネルにはいまいち通じてないようである。

「いや、死ぬとか言わないでさ、もうちょっと話聞いてくれない?」

「落ち着いてウラハ、この方はさっき保護してくれるとも言ったでしょ…」

「聞く事などない!」

「君らを戻す方法があるかもしれないといったら?」

ウラハが目をしばたかせる、その意味が理解されていくにつれ驚きの表情が広がってゆく。

「あの…本当ですか?」

モエギの問いに小さくうなずく。

「そ、さっき言ってた多分良い事って話」

「ほ、本当なのか!戻れるのか!」

急に勢いづいたウラハに苦笑をしながらフィリオネルが答える

「絶対とはいえない、五分五分より悪いくらいだ。だけど僕らの考えている通りなら可能性はある」

そう言って懐から本を取り出すとページをめくりだした。

「一つ聞くけど、君たちは魔術が使えるかい?」

「いいえ、使えませんけど…」

「な、なんでそんな事を聞くんじゃ?」

めくっていた手を止めると、ウラハの質問には答えずその本を差し出す。

「なんじゃ…?」

そのページを見たモエギの顔に驚きと理解の表情が浮かんだ。

「これは歴史書ですわ。建国史黎明の書の一説です。」

モエギに本を渡すと再びフィリオネルが話し出した。

「まさか同じ本があるとは思わなかったけど…これで一つはっきりした事がある。何者かわからないけど、この本をこちら側に持ち込んだ者がいる。方法はある程度めぼしが付いているしね、ヒントは君たちの傍にあった緑瞳のペンダントだ」

ウラハもようやく腑に落ちたようだ。しかし警戒の色が消えないのは仕方ない。

「ただね…正直言って転移術は、まるっきり未知の術なんだよね。どのように組み立てられていて、どれだけ魔力を消費するか、まぁこの辺はクレア姉さんが調べてくれるとは思う。一応確実性を上げるための案はあるんだけど、それには君らに協力してもらわなくちゃいけない。」

「何を協力すればいいのじゃ?」

「それがまぁ…最初の悪い事につながるんだよね………半ば伝説になってるけど、古代魔導王国時代に転移術の装置があったといわれてるんだよ。紫瞳の魔王もそれを使ったといわれているんだけど、こうなるとがぜん信憑性が増してきたでしょ?未調査の遺から探していく事になるとおもうんだけど…」

「何が問題なのでしょう?」

本気なのかとぼけているのか良くわからない様子でモエギが訊ねる。ウラハにはわかった。本気で疑問に思ってるのだと…

「探すにはどうしても移動しなくちゃならないんだよね。つまり君たちが人目につくんだ。君らは目立つし、少しでもカモフラージュするにはどうしても協力してもらう必要があるわけで…」

「それでメイドになれと言うわけじゃな」

ウラハが半眼で見やる。無意識のうちに奴隷と言う言葉を忌避しているが、フィリオネルの話の内容には理解はした。ただ感情は追いつかない。

「メイド…」

「僕にとっても益がないわけじゃない事だしね。紫瞳の魔王ティル・フォーンの作った国はぜひ見てみたい。だからまぁ協力して…」

「はい。わかりました」

即答するモエギ。逆にフィリオネルの方が呆気に取られるほどだった。

「あ、えーっと。いいの?」

「はい。もちろんです」

「そう、それじゃ…えっと確かこの辺に」

積み上げられた道具をどかし始めた頃ようやくウラハが反応した。

「待て、わらわはまだうんと言っては…」

「ウラハは嫌なの?」

「嫌と言うか、その…」

不思議そうに見るモエギにウラハの言葉が詰まった。

「あ、これだこれだ。これに着替えてくれるかな?」

そう言って木箱を二つ差し出す。

「はい。」

「…仕方あるまい」

素直に受け取るモエギと気の抜けたように手を伸ばすウラハ。

「着替えたら下に来てね。それじゃまた後で」

パタン、と扉が閉められた。深くため息と供に「仕方あるまい」と繰り返す。

「メイド服って、着てみたかったのよね」

その、どこか楽しげな声にウラハが何かを思いついた。

(まさか…)

その考えを振り払うように「そんなはずあるまい」と小さくつぶやいて頭を振る。

まさか姉が素直にうなずいた理由が、メイド服が着てみたかったから、などということは…

「そんなはずあるまい」

もう一度つぶやいて木箱を開く。

しかし、どこか否定しきれないウラハだった。

 

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