魔王の後継者

序章:「一体、なにがどうなってるんだ?!」

 


 

かつてこの大陸は強大な魔導王国によって支配されていたと言う。

しかし今より300年ほど昔、内乱と蛮族と呼ばれる人々の反乱により滅亡してしまったとされる。

混乱期を生き延びたのは剣を頼りとする蛮族達、魔導は禁忌の技とされ激しい弾圧を受けた。

不幸であったのは魔術により様々な能力を付加され、使役させられていた者達だった。彼らは”忌み子”と呼ばれ、”魔導の烙印”と呼ばれる緑色の瞳は、正体を隠す事を許さなかった。

彼ら自身のせいでもなく、かといって先祖のせいでもなく、生まれつきの力があるだけで迫害を受けていたのだ。

社会制度が発達してゆくに連れ、表立った迫害は無くなって行ったが、それ故に根は深かった。

今より100年前、ある青年が表れた。

彼は幾つもの”導具”と呼ばれる魔術付与具―魔道王国の遺物―を用い、失われたはずの”魔術”をも使ってみせた。

「聞け同胞よ!我らの悲劇はなにゆえだ!

緑色の烙印を押し付けられた我らのせいか?

それとも力を植え付けられた先祖のせいか?

いいや違う!

今の我らの苦痛は今の世の中にこそある!

我らの悲哀はこの瞬間の世界こそが元凶だ!

集え!魔導王国の遺児達よ!

今の世が我らを受け入れないのなら!我らが国を作るのだ!

奴らが我らを忌むのならば!奴らが我らを蔑むのならば!

我らは名乗ろう!魔族だと!

我らは魔導王国の遺されし民族!魔族だと!」

名はティル・フォーン。

黒糸族の特徴である漆黒の髪を持ち、金銀妖瞳と呼ばれる色違いの瞳を持っていた。左目に紫の瞳を持っていた事から、紫瞳の魔王と呼ばれた。

彼の元には無数の魔族と人間が集い、国を造り始めた。

始めこそ、不可思議な力や圧倒的な体力で人間たちを追い払い、領地を広げ、森を開き、田畑を耕していった彼らであったが、皮肉な事にその戦いこそが人間たちに魔術の有効性と、連合する必要性を認識させたのだった。

圧倒的な国力の差が産む、無限かとも思える補給力。訓練された軍隊としょせんは寄せ集め烏合の衆に因る、戦略戦術能力の差。そして各地で発掘された導具が、魔族の唯一の勝っていた点、特殊な能力の差を埋めたのだ。

彼らは負けた。険しい天壁山脈を越え、大陸の東へと落ちのびていったという。

(ウィルベッヘル・サクス・ベルニタ著『魔王伝』序文)

この魔王伝という本は、魔王の乱を記した歴史書の中でもっとも客観的に記されている。

おしむらくは魔王の最後が記されておらず「天壁山脈を越え、大陸の東へと落ちのびていった」といった当時の風聞がそのまま使われている事である。

しかし当時の世界情勢、人々の認識、魔族の状況など読み取るべき事はいくらでもある。大事なのはその本から何を読み取り、どう考察し、そして学んでゆくかである。

それゆえ私はこの本を記したベルニタ卿に深い畏敬の念を持って諸君らにこの本を強く勧めるものである。

(ティルナ市図書館館長サイエン・ゲルクの言葉

第22回講演『歴史書をどう読み解くか』より)

そして今、魔王の乱より300年。物語は大陸の東、魔族の王国を東西に貫く街道から始まる。

太陽は天の頂きまでいま少しといった所、しげった葉の隙間から地面の上に雲の影を描いている。片側が深い沢になっている山道を馬車が一台走っていた。

その馬車の中には小柄な少女がふたり座っていた。

「いつ次の街には付くのじゃ?」

少女のうちの一方が御者に声をかけた。

年齢は15.6ほど、長い髪を頭の左右に分けてくくった、いわゆるツインテール。しっとりと深い黒髪と対照的な透明感のある白磁の肌。わずかに幼さののこった顔立ちは、彼女の美しさが未だ過渡期である事をうかがわせる。

意志の強そうな、透きとおった翡翠の瞳が見るものに強い印象を与える。

もっとも、つまらなそうに指で髪をいじってる今では、その印象も半減するだろう。

「すいませんお嬢様方。昼過ぎにはつきますからどうかご辛抱ください。」

「はぁ、これなら次の街で馬を借りて乗った方がましじゃ。」

「あら?でもドレスで馬には乗れないんじゃないかしら?」

「服などあとでいくらでも着替えられます。なにも道中ずっとドレスを着る必要は無いではありませんか、姉様。」

つんとすまして、口調まであらためて言う姿は、得意げというよりすねている様だった。

「まぁ、ウラハ。良い考えね。それじゃあ私も馬を借りて乗ろうかしら。」

「姉様?……いつから乗れるようになったのじゃ?」

「あら…………」

そのまま絶句した彼女は、ツインテールの少女と鏡にうつしたかのようにそっくりだった。

ふたりは白を下地に赤い華の刺繍の施されたドレスをそろって着ており、違いといえばうなじの高さに切り揃えられた髪と、そして首から下げた小さな緑の石の付いたペンダント。

高原にふりそそぐ陽光のような緑色の瞳は柔らかさを感じさせる。

モエギ・ネイザード・サクラ・フォーン。

紫瞳の魔王ティルが造りしフォーン国、その4王家が一つであるサクラ王家の第1王女モエギ姫である。

「まったく姉様は……」

そう言ってクスクスと笑い出したのは、その妹、ウラハ・ネイザード・サクラ・フォーン。同じくサクラ王家の第2王女ウラハ姫。双子の妹である。

「そう言えば今朝夢を見たのよ。」

自分の事で笑っている妹にまるで頓着せず―と言うより単に妹が喜んでるかの様に(実際喜んでるのだが)―楽しげにそう言った

「夢?……もしかしてまた先見の夢なのかや?」

「うーん。どうかしら……あのね、私とウラハともうひとり…」

その時、突然の破裂音が響いた。揺さぶられる馬車、御者の喚き声、馬のいななき。穏やかな時間は一瞬に打ち破られた。

床に投げ出されたウラハが叫んだ。

「一体何事じゃ!」

目を回したモエギが、か細くつぶやいた。

「あらあらあら〜〜〜」

ガクン!と衝撃が走り馬車が止まる。だが一瞬の後にそれは浮遊感覚に置き換えられた。

「姉様!」

ぐらつく足場につまずきながらウラハがモエギに抱きついた。

蒼い光が馬車の中からほとばしる。

光は天に吸い込まれるように消えていった。

辺りは一瞬の静寂に包まれ、続いて激しい水音が響いた。

一方こちらは大陸の西、天壁山脈にちかいラクターン地方のヒガン高原。

森の中を一人の青年が歩いていた。綿のシャツにズボンといった森歩きに適した服を着て、背中のかごには何種類かの薬草が入れられていた。左右の手につけた指先の出せるグローブには小さな鉄片が幾つも縫いとめられ、腰にはなたにも使える大降りのナイフを下げている。

年は18.9といったところ、身長は少し高い程度、均整の取れた体つきは力強さより俊敏さの印象が強い。くすんだ黒髪を無雑作にのばし、小さな丸めがねからは茶色の瞳が覗いている。細い目はどこか眠そうで、良く言えば温和、悪く言えばぼんやりとした印象がする。

「もう昼か、一休みするかな」

そう言って腰に下げた竹筒を振ると、ちゃぱちゃぱと水音がした。どうやら残り少ないらしい。一度だけ太陽をあおぎ見て方向を確認すると、獣道も無い森の中をあやうげ無く進んでいく、その足取りは森を知り尽くしているようだ。

しばらく行くと小さな泉に出た。乾いた地面を見つけるとパンにハム、チーズといった簡単な食事をすませて本を読み始めた。せせらぎと鳥の声に満ちた静寂の時が流れる。

「ん?……」

不意に手を止め、頭上を見上げた。太陽が眩しい。しかしおかしな所は何も無い。

(気のせいかな?)

突然、彼の目の前に蒼い光の柱が立ち、泉の水が爆発した。

光壁よ!

動揺しながらも素早く飛びすさり左手を前にかまえる、すると鉄片の一つに光がともり彼の前に半球形の光の壁が表れた。

水飛沫がぶつかり光の壁を衝撃が襲う。それはすぐにおさまったが、かわりに飛び散った水霧があたりを漂った。

「うわ、びしょびしょだよ」

(風の結界も発動するんだったかな……)

頭についた水滴を払い、爆発の中心だろう方向に視線を向けた彼の動作が止まった。

そこには、全身に細かな切り傷を負い、血のにじむドレスに身を包んだ二人の少女が水辺に重なるように倒れていたのだ。

今度こそ彼は叫んだ。

「一体、なにがどうなってるんだ?!」

 

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