No10

 

【彼が彼女の大切な…】

私は今救急車に乗っている…彼女から何度も聞かされた彼の所に向かって…
脳裏に一瞬浮かぶ彼女の顔、とても幸せそうに彼のことを語る彼女の顔が…
彼女は本当に彼の事を愛していたんだろう、あんなに幸せそうな顔をするとき
は彼のことを話す時だけだったのだから…
「アレックスさん! 」
物思いにふける私を女性の声が現実へと引き戻す、彼女が残した彼と彼女の
夢を私が歪めた彼女の夢の妹達の一人…
「?! どうした、マリエル」
「姉さんからの連絡でま、マスターが…」
マリエルは姉からの連絡で慌て始めた。どうやら彼に何かあったらしい…
「彼が? 彼に何があった?」
「マスターと姉さんが…あいつ等に襲われてマスターが、マスターが怪我を…」
「くそっ!!」
明らかに苛ついた様子で私は毒づいた。あいつらの行動は掴んでいたのに第一
段階でここまでやるとは…
「マスターが、マスターが…」
姉からの混乱したのだろう、マリエルはぶつぶつと呟き出してしまった。
「落ちつけマリエル、万が一の場合のためにアリエルをサナと一緒に彼の所に向
かわせたのだろう?」
「そうですよね? アリエルがいるのだから…だから大丈夫ですよね…」
私の言葉に少し落ちついたようだがマリエルはまだ不安そうな顔をしている。
「ラズエル、連絡を頼む」
私はもう一人のバディに話しかける、マリエルの姉妹の一人、ラズエルに、だが…
「…………」
「ラズエル、ラズエル?」
「はっはい!! 姉さん達に連絡ですね?」
ラズエルも心配なのだろう彼の事が、一瞬でもフリーズしてしまうのだから…
私は自分で連絡をする。
「…私だ、処理班の人員を増やして現場に急行させろ、彼は私達が到着次第この
まま私達で運ぶ」
「あ、アレックスさん…すいません」
ラズエルが申し訳なさそうに謝ってくる、しょうがないだろう…自分のマスターが怪
我をしているのに何もできないのだから…
「気にしなくてもいい、マスターが心配なのだろう?」
「ええ…マスター大丈夫でしょうか?」
マリエルが現在の位置を確認する、もうそろそろ彼のもとにたどりつくだろう。
「どんな人なんだろうな、彼…君達のマスターは」
まんじりとした無言の雰囲気を振り払おうとマリエルとラズエルに彼の話しをふる。
私の言葉に2人は沈んでいた表情をほころばせる、そしてラズエルが
「私達のマスターですよ? いい人に決まってます」
と彼の事を信頼しきった微笑みをうかべる、マリエルも身を乗り出すように
「ルナ姉さんも幸せそうにしてるんですからそうに決まってますよ」
2人の笑顔はどこか彼女を思い出させるものがあった。
「そう……そうだな、彼はとてもいい人だからな」
ラズエルとマリエルはそんな私を見て首をかしげる、2人が何故と問い掛ける前に
車が止まりすぐにサナとアリエルが駈けこんでくる。
「アレックスさん! は、早く!!」
慌てた様子でサナが私を急かす、マリエルとラズエルは担架などの準備をはじめ
る。
「よし、早く彼の所にいこう!」
彼女、森川万葉が最も愛した彼、森川流佳の所へ、そして…
そして彼を見た私は言葉を失った。
「貴方は、誰ですか?」
そう私に問い掛けてきた彼の身体はバディの血で濡れていた…周りには10人前
後の死体と四体のバディの破壊されたボディ…一体には首がなく、一体はナイフ
を胸に刺され、一体は腰を砕かれ、そして最後の一体は既に判別がつかないほど
グズグズのミンチになっていた。人間の死体は全て銃で頭を打ち抜かれていた。
あいつらは…ここまでやるのか? いきなりこんな戦力を投入するなんて完全に奴等
を舐めきっていた。
「何故黙っているんです?」
彼が周りを見て絶句している私に再び問い掛ける、怪我が痛むのだろう声が歪んで
いる、蹴れども彼はその身でルナを護ろうとしている。
「あ、私は…私はアレックスだ、彼女達、サナ達の保護者のようなものだよ」
「そうですか…」
「それよりも怪我は大丈夫なのかい? 彼女達が担架を持ってきている、病院へ早く
行こう」
彼がラズエルやマリエルの方を見る、彼女達は担架の準備を終え彼を担架に乗せよ
うとする。彼は彼女達に従い担架の上に横になる。
「ラズ、マリ…彼についていくんだ」
二人に彼についていくようにいい、私は携帯電話を取り出す。
「貴方はどうするんです? アレックスさん」
彼が私に問い掛ける、ここの事を少し心配しているようだ。
「ここの処理をする、何も心配することはない」
「だけど…」
「元はといえば私の所為なんだ、だから…」
私の言葉を聞き、彼が疑問を顔に浮かべる、彼は起き上がってさらに私に問い掛け
ようとするが怪我の痛みで起きあがることができない。
「それって…」
「まず、病院で治療を受けるんだ、あとでちゃんと説明するから」
私の言葉を信じてくれたのか、彼は身体から力を抜いて横になる、そしてサナ達が
彼とルナを救急車に乗せる、救急車は彼らを乗せて病院へと走っていった。
「会長、処理班到着しました」
私が救急車を見送ると後ろから声をかけられる、先ほど連絡しておいた処理班が到
着した。
「…ここの処理をすぐに始めてくれ、報道関係の方はドラマのロケとでもしておいてく
れ」
「わかりました」
男達が処理を始める、死体から流れ出る血の量はそれほど多くはないが代りに破壊
されたバディから流れ出る液体が広場を濡らしていた。
「弾痕の処理もしっかりしておいてくれ」
てきぱきと男達は処理を進めていく、30分もしないうちに広場は元の姿を取り戻した。
男達は一言終了したと伝え、この場から去っていく。
「………くそっ!!」
訳のわからない苛立ちに毒づき、私は彼の運ばれていった病院へ向かうことにした。
「……私だ、連中の動きをもっと調べておいてくれ」
病院へ向かう間、これからの指示を伝えることに時間を費やしていた。ほどなくして病
院に到着して、私は彼の病室へと向かった。
彼は治療を終えてベッドの上で体を起こしている、その彼にルナが無表情によりかか
っている。サナ達はそんなルナを見て羨ましがっているようだ、病室に入ってきた私に
気付き彼が声をかけてくる。
「…アレックスさん」
私はベッドのそばに歩み寄りながら彼に声をかける。
「怪我のほうは大丈夫なのかい?」
「えぇ、思ったよりも軽傷だったらしいんで何回か通院が必要ですけど明日、退院でき
ます」
彼は微笑とも苦笑ともつかない曖昧な笑みを浮かべる、しかしすぐに表情を戻し私に
問い掛ける。
「説明していただけますよね?」
「……何が知りたい?」
「何故ルナが襲われるんです?」
彼が私の目をまっすぐ見つめながら言葉を紡ぎ出した。だから私は正直に答えた。
「ルナが欲しいから、正確にはルナに使われている技術が欲しいからさ。OS、ジェネレ
ーター、他にも幾つかのシステム…」
彼だけのために創り出されたテクノロジー、莫大な利益を得る事の出きるテクノロジー、
そしてコピーのできないテクノロジー。
「じゃあサナ達は…」
「そう、ルナのテクノロジーをコピーするために造り出されたのさ、サナはルナのデッドコ
ピー、それでもコピーできたのはその一部だけだったのさ」
彼の顔が険しくなる、そのまま俯いてしまいしばらく何も言わなくなってしまい、そのま
ま彼はベッドから降りて病室の外に歩き出す。
「お、おい、大丈夫なのかい?」
彼は痛みを気にせず喫煙所まで歩いていく、私は慌てて彼の後をついていく、彼は喫煙
所につくと早速煙草に火をつけた。
「何人いるんです? ルナのコピー、妹達は…」
「…サナを含めて全部で30体、全員マスターは君になっている」
「何故?」
「OSの基底部そう設定されていた」
フゥ…と口から煙を吐き出し彼がまた何も言わなくなる、私も何をいえば言いのかわから
なくなってしまう。
「ルナをどうして僕の所に届けたんです?」
五分ほどの沈黙の後彼がそう切り出してくる、私は彼の問いに答えるべきかわからなくな
り口を閉ざす。そんな私の態度で彼は確信したのだろう、私と彼を結ぶ接点である彼女…
「ルナの開発者は…森川万葉ですね?」
その人の名を彼が告げた。彼女の名を告げた彼の顔は喜び、悲しみ…相反する表情を浮
かべていた。私はその表情に込められた思いに言葉を詰まらせる。
「……そうだ、ルナは万葉が造り出した。君だけのために…だから私はルナを君の元に届
けたんだよ…」
彼が乱暴に煙草をもみ消す。そして絞り出すように言葉を吐き出す。
「ならどうして! どうして万葉はルナを戦闘用に造り出したんだ!!」
「違う、違うんだ…万葉は戦闘用にルナを造り出したんじゃないんだ…」
私は俯いてしまった彼の肩に手を置き、話を続ける。
「ルナは最初は普通のバディより高性能に設計されただけのバディだったんだ。ただ天使
のように翼を出し空を飛ぶことの出きる普通のバディだったんだ」
彼は私の言葉に顔をあげる。
「ならどうして…」
目の高さを彼と同じにするように屈み、私は話を続ける。
「6年前、1時帰国した万葉はほぼ完成したルナを再設計し改修しはじめた。ルナに護る
力をつけさせるために…」
そこまでいって今度は私が俯いてしまう、それでも彼には伝えなければならない。
「その時万葉は私に何回か相談しにきたよ、「大事な人を護りぬくにはどうしたらいいか?」
とね…だから私は「護るためには戦う事だ」と答えた、私ならそうするとね、そして「大事な
人を護りきっても自分がいなくなったらその人は悲しむだろう、だから力も強くなければ」と
彼女はルナのOSをそのように設定した。ただ、護るための手段が戦闘による排除までい
くとは万葉は思っていなかった…」
私は一度言葉を区切り深呼吸する、そして言葉を続ける。
「そしてルナが9割以上、ほぼ完成し最終調整のみを残したときに、万葉は…彼女は…」
俯いていた顔を上げ、私は彼の顔をまっすぐ見つめる。
「社内の妨害に遭い事故で死んだ……妨害したのは万葉とは別の開発者だと思う、そし
て私はルナを君の元に届けるためにサナ達を造り出した、造り出す中でルナを本の僅か
だけ改修して君の元に届けたんだ。だから、だから私が悪いんだ。私が…」
私はそれ以上言葉を続ける事ができなくなってしまった。

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