No8

 

【夢……?】

誰かが泣いている…
僕の大切な人が泣いている……
「ごめんね…約束守れなくてごめんね…」
お願い、泣かないで…
「るー君を悲しませて、約束を守れなくて、ごめんね…」
「万葉…泣かないで…」
僕は万葉を抱きしめる…優しく、抱きしめる…
「君のせいじゃない、君がもう僕に会えなくなってしまったのは君のせいじゃ
ないから…」
万葉が僕を抱きしめ返す。
「…るー君は優しいね、大好きだよ、るー君のことが大好き…」
涙を浮かべながらも万葉は微笑んでくれた。
「私、帰ってくるから…必ずるー君のところに帰ってくるから…」
夢…だ、これは夢だ、万葉はもう帰ってくることは無いのだから…
「約束、守るからね…」
そういって万葉は僕の腕の中から消えてしまった…
僕は万葉が消えてしまった腕の中をしばらく見つめていた。
そして、もう一人の僕の大切な人が泣いている…
「どうして泣いてるの? ルナ…」
まるで子供のようにルナは泣いていた…
「ごめんなさい、ごめんなさい…マスターを護れなくて…」
僕は万葉にしたようにルナを抱き寄せようとする。
「!! ダメです、マスター…私はマスターに抱いてもらうわけにはいきません」
悲しみに顔を歪めルナが叫ぶ…
「どうして?」
「私は…マスターを護るためにバディを、人を…殺しました」
俯いて搾り出すようにルナは言葉を紡ぐ…
「私の手は、私は血で汚れてしまいました…もうマスターに抱きしめてもらう
わけにはいきません…」
ルナは少しずつ僕から離れるようにあとずさる…
「だから…だから…」
だんだんルナの姿が見えなくなっていく。
ダメだ!! いかないで!! 僕はそんなことで君を嫌いになったり…否定したり
しない!
体が動かない、声も出ない…
いかないでくれ!! もう大事な人が僕の前からいなくなるのは嫌なんだよ!!
もう一人になるのは、大事な人を失うのは嫌なんだよ!!
血に汚れてまで、この手で人を殺してまで護った大事な人はもういなくなって
しまった。
それなのに、それなのに!!
出ない声を絞り出す。必死になって、伝えようと声を絞り出す。
「行かないで…行かないで、行かないでくれ!! 僕を置いて…一人にしないで
くれっ!!」
場面が暗転する、一瞬視界が暗くなり、薄ぼんやりした光が目に映る…
次の瞬間意識が覚醒する、そして…
「ルナッ!!」
大事な人の姿を探すために体を起こす。
「つっ…」
身体が、胸骨のあたりギシッと軋み、痛みが走る。だがそれよりも…
「どこだ? ルナ、どこにいるんだ?」
涙でぼやける視界でルナを探す。
いない、ルナがいない、どこ? ルナはどこ?
必死になって首をめぐらし姿を捜すがルナはどこにも見当たらない、もっと声
を張り上げようとした時…
「…マスター」
僕の後ろから声が聞こえた。大事な、大事な人の声が…
身体の痛みも忘れて僕は後ろを振り向き、ルナを抱きしめる。
「まっマスター?」
ルナは突然の僕の抱擁に驚いているが僕はそんなこと気にする余裕など無くた
だルナを抱きしめていた。
「ま、マスター…ダメです、離してください…私はマスターに…」
「嫌だ!! 離さない、絶対に離さない!!」
ルナは僕の腕の中で身じろぎをする。
「ダメです…私の手は、私は…血に汚れているんです、私はマスターのそばに
…」
「離さない!! 僕はそんなことで君を離したりしない!!」
「でも、でも…私、血が、血で…」
ルナの身体が震え出す、泣くのをこらえるように。
抱きしめたルナの顔や髪にこびりついている血が僕の手にぬめる、あの時の僕
と同じように…
「それなら…それなら僕も同じだから、僕の手だってルナと同じように…血に
汚れてるから…」
「え?」
「僕だって人を殺している、自分の大事な人を護るためにこの手で人を…」
ルナの身体の震えが止まる。
「とても大事な人を護るために僕は人を殺した。でも、その人はもう二度と会
うことはできなくなってしまった」
僕の顔をルナが覗き込む、きっとひどい顔をしている…泣き笑いのような歪ん
だ表情を僕は浮かべているだろう…
「だから、だからもう僕を一人にしないで…お願いだから…一人にしないで」
僕はルナに微笑んでほしくて笑顔を浮かべようとする、でもそれはうまくいか
なくて泣き笑いのような歪んだ表情になり…
「血で汚れているからって…そんなことで僕の前からいなくならないで…一人
に、しないで…」
僕の顔を濡らしていた赤みのある琥珀色のバディの血の上を涙が流れていく、
交じり合って赤くなった赤い涙がとめどなく零れる。
「マスター…マスター泣かないで…」
「お願いだから…もう僕を一人にしないで…」
こらえきれずボロボロと泣き出し、ルナを離すまいと抱きしめる、もうさっき
までのように強く抱きしめることはできず、少し力をこめれば振りほどけてし
まうくらいに弱々しく抱きしめる。
「でも・・・マスターのことを護れない私はやっぱりマスターのそばに…」
「ルナは護ってくれている、ちゃんと僕のことを護ってくれているから…そん
な事を言わないで…」
ルナのその言葉に僕はルナを抱く腕に少し力を込めた。
「…マスター、私はもうどこにも行きません、貴方の元を離れようとはもうし
ません…」
おずおずとルナも僕の背に手をまわす、怯えを含んでいるようにゆっくりとだ
がそれでも僕を抱きしめ返そうとしてくれる。
「絶対に貴方を…一人にはさせませんから…どうかもう泣かないで…」
ゆっくりと、だがしっかりとルナが僕を抱きしめ返す…優しく、優しく…
「たとえこの身が砕けても、私の意識が、思いがある限り絶対に貴方を一人に
はさせません」
優しく、決意を秘めたルナの言葉にまた少し僕はルナを抱く腕に力を込める。
「マスター、私は貴方のそばにずっといます…」
ルナを抱きしめていた腕を解き、ルナの頬に両手を添える。
「マスター?」
そしてそのままルナにキスをする、唇と唇が触れ合うだけのただ普通のキスを。
「!!」
ルナの身体がビクッと震え、次の瞬間にはふにゃっと力が抜ける。
「…ごめん、びっくりした?」
「マスター、どうして?」
ほうけた表情のままルナが問い掛けてくる、僕は顔を赤くしながら答える。
「ルナが…僕の大事な人だっていう…証拠だよ」
「ありがとう…ございます、マスター」
すごく幸せそうな微笑を浮かべるルナ、血で真っ赤に汚れていることを忘れる
くらい頭がいっぱいになっていた。
「でもマスター,一つ聞いていいですか?」
「な、なに?」
「わ,私って…いつ頃からマスターの大,大事な…あ、」
突然ルナの様子がおかしくなる。
「あ…れ? マス…ター」
ルナの顔からストン,と表情が抜け落ちる。
「ルナ?  どうしたの,ルナ」
「ハイ,マスター…いえ…」
僕の問いかけにも相槌のような生返事しか返ってこなくなる。
「ルナ,ルナ! どうしたの? しっかり」
「ハイ…」
焦点のあってない,どこを見てるかわからない視線でルナは僕を見て返事を返
す。
「くそッ、いったいどうしたんだ? とりあえずここから…うっ」
ルナを抱えて立ちあがろうとすると忘れてた痛みが疼き出してくる。
「う…ヤバイ…ゲホッ! 本当に…どうしよう…」
「あっ! やっと見つけた,大丈夫ですか? 『マスター』?」
痛みで動く事のできない僕の背に聞き覚えのある…いや,よく聞いている声が
かけられる、でもその声の主は僕の腕の中に…
「あの…大丈夫ですか?」
僕にかけられたその声に振り返ってみると…
「え?」
そこに金髪、紫眼のルナがいた…

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