No5

 

【変わってるんだよね…】

ウチの地元は少し変わっていた、なんせ「森河」という名前が6つから7つ以
上あったのだから…ま、別に全部が親戚というわけではないんだけどね。
…あの人は僕の七つ年上のお姉さんだった。
森河 万葉…
僕とあの人はいつも一人だった、僕の方は両親が共働き二人とも家にいること
の方が少なかった、そのせいとは言わないけど僕は小さいころは友達を作るこ
とができなかった。
あの人はその跳び抜けた才能ゆえ一人ぼっちだった、けど小さいころの僕には
そのことが解らなかったし…そんな事は関係無かった。
あの人と…お姉ちゃんとの出会いは四歳のとき、家を空けることの多い僕の両
親がお姉ちゃんの両親に僕の面倒を頼んだ時。その時に紹介されたのがお姉ち
ゃんとの初めての出会いだった
「流佳、このお姉さんがお前と遊んでくれるんだ」
お父さんが知らないお姉ちゃんを連れてきた。
「はじめまして流佳君、私は森河万葉、仲良くしようね…」
何故かお姉ちゃんは少し怒っていると僕は思った。
それはただお姉ちゃんが…あの人が戸惑っていただけだということにあの時の
僕が気付かなかっただけだった。


【考えてしまいました…】

私がマスターのところにきて三日が経ちました。あの初日のマスターの大火傷
はちゃんと病院にいって治療しました。後には残らないそうです、よかった…
マスターは大学生なのでお昼の間は大学にいかれています。
私はマスターから、
「悪いけど、まだ家からでないで頂戴、知りたいことがあったらそこのパソコ
ン使っていいから」
と申し訳なさそうに言っていました。
私はあんな大失敗を繰り返さないように、まず料理の事を知ろうと勉強をはじ
めました。その甲斐あってか三日も経った今日までにマスターの料理のお手伝
いができるようになりました。また、いつ外に出てもマスターを恥ずかしい目
にあわせないように一般常識を一生懸命学んでます。
「ただいまー…あ〜お腹へっちゃったよ、ルナ、ご飯を作ろう、手伝ってくれ
ない?」
「あ、はい! 今日は何にしましょうか?」
マスターと一緒にキッチンに立ち料理を作る、心地よい…と感じる時間が流れ
る、そういえば…たしか…
「マスター…こうしていると私達、夫婦みたいですよね?」
今日ネットで見た小説(私だっていきぬきはします)にこんなセリフが書いて
ありました。
「…………そうだね…他人が見たらそう見えるかもしれないね」
私の言葉に一瞬、ホンの一瞬ですがマスターは何かを思い出し、その思い出で
と思いますが泣きそうな表情をなされました。
私はその表情を見て胸がしめつけられました。何か悪い事をしてしまった…マ
スターの心に土足で踏み込んでしまった…そんな気がしました。
そして、それがここにきて初めてマスターが見せた悲しそうな表情でした。
「? どうしたの? ルナ、どうして泣きそうな顔をしているの?」
「マスター…ごめんなさい…私はマスターに…」
マスターは困ったように苦笑しました。
「別にルナは何も悪い事していないだろ? さ、夕食ができたからご飯にし
よう」
私はうなずいて、何も言えずに料理を運ぶことしかできなかった。
「さ、食べよう、いただきます」
「……いただきます…」
二人で夕食を食べ始める、マスターが今日大学であったことを私に話してくれ
る…授業でこんなことがあった…クラスメートがこんなことをした…
それに私に今日はどんなことをしていたのかを聞いてくれました。
私も気を取りなおしてこんなことを勉強しました…あんなものを見てしまいま
した…等を話して、夕食を楽しみました。
そして…私はチョットだけ考えました…私はバディです、人ではありません、
でも私は感情をコントロールすることができません、だから悩んでます、バデ
ィは…バディは人のことを好きになってもいいんでしょうか? 私はマスター
の事をどう思っているんでしょうか? 他の人間の方にもこんな気持ちを抱く
んでしょうか? それとも、この感情もプログラムされたものなのでしょうか?
私はマスターとの夕食を楽しみながら、頭の片隅でこの事を考えました。
トントン、
「森川君、お邪魔していいかい?」
「藤木君? ああ、別にいいよ、入って入って」
突然の訪問者に考えを中断させられてしまいました。そう言えば私がここにき
てから初めてのマスター以外の人間の方です。
「おじゃま〜…あ、この子が君の言ってたバディ?」
ドアを開けてマスターの友人の方が入ってきました、ちょっとぽっちゃりした
優しそうな人…でも顔が少し怖いかな?
「はじめまして、僕、藤木秀幸、森河君の隣に住んでるんだ、よろしくー」
藤木さんは私に気軽に話しかけてきてくれました。やっぱり優しい人みたいで
す。
「あ、こちらこそはじめまして、私、バディのルナと申します。どうぞよろし
くお願いします」
マスターは私達の挨拶が終わったのを見計らって藤木さんに座るように進めま
した。
マスターと藤木さんは何気なく会話をはじめました、きっと二人はいつもこん
な感じに夜を過ごしていたんでしょう。ゲームをしたり、ネットをしたり、テ
レビを見たりしながら楽しげに話し続けます。
ただ…藤木さんは私がマスターの恋人のように私に接していたような気がしま
す。
ここにきて初めての賑やかな夜でした。11時を回るころに藤木さんは自分の
部屋に戻られました。
「マスター、藤木さんって楽しくて面白くていい人ですね」
「……そうだね、藤木君はとってもいい人だよ…」
煙草をくゆらせながら、呟くようにマスターは答えてくれました。
私はこの緩やかな時間が好きです、何をしゃべるでもなく、何をするでもなく
、ただマスターの隣にいるこの時間が大好きです。
「明日は…少し早く帰ってこれるけど、ルナは何かしたい事でもあるかい?」
煙草の煙を見つめながらマスターが私に話しかけます。私はこれといって特に
何かしたい事がなかったので、
「別に…したいことはないです、マスターと一緒ならそれで十分です」
といいました。マスターはそんな私の顔を見て苦笑を見せました。
「なら、僕が帰ってきたときに何かしたい事があったらいってね」
といって煙をフーー…とだしました。そしてまたしばらく心地よい時間が続き
ました。
「マスター、ちょっといいですか?」
私はますたの話しが好きです。この三日間はマスターが大学に入ってからの話
を聞かせていただきました。でも、それより前の話は聞いた事がありません。
「ん? なんだい?」
「マスターのこと、教えてください小さいころの事、どんな生活をして、どん
な家族がいて、どんな友人がいたのか…私はマスターのことがもっと知りたい」
マスターのお話でマスターの事が知りたい…私はまだ起動したばかり、思い出
というものがありません。でも…それもありますけど、それ以上にわからない
感情が私に知りたいと語りかけてくる…
「僕の事?」
「あっ! お話したくないならいいんです! ごめんなさい…」
「かまわないよ…じゃあ、僕が憶えている1番最初の事から…」
マスターがゆっくりと御自分の事を話しはじめました。一つのお話を…
それが私を本当の自分に戻す最初のきっかけなる事には気付きませんでした。
そしてそれがこれからの事件の最初のきっかけであったという事も…
マスターの想いの初まり、私の初まり、私の想いの初まり…
私にとっての全ての初まり、私と、マスターとの…これからの始まりの前の…
暖かく、悲しい、一つの終わりのお話…



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